※ 源田と佐久間高校生(だけどあんまり関係ない)
※ 一人称・氏名捏造他注意
※ 殺伐?ぐだんぐだん



たまのわがままさえ無くて、聞き分けが良すぎたかな。
もっと、勝手でよかった。
時々ならば振り回されても喜んだだろう。

ここまでだ。去らば恋人。さよならだ。


この判決の材料が何だったか、自分自身でもわからない。たぶん、好きだ。まだ好きでいる。
でもいい。要らないのだと、わかった。

好きな人がいる。

自分が恋愛において、こんなに複雑な芸当が出来るとは思わなかった。恋人は好きだ。でも好きな人が居る。
こんなのは軽く、不誠実であると思っていたことだ。つまりは浮気なのだから。
だが陥ってみれば抗い難い。
好きは本能だ。仕方がない。



佐久間とは中等部からの付き合いで、魅力的な彼女に当然のように惹かれた。
交際に発展した時も、摂理とさえ思うくらいの自然な流れの出来事だった。

大好きだった。すべて。

どこをとっても非の打ち所が無いと、日々好きが蓄積されるように惚れて、怖いくらいに思うこともあれ、飽くまで惚れ抜いてしまった。最期が来たのだ。
「いいのか」
俺がどれ程彼女を大事に思い、好いていたか知ってくれている友人は多い。別れようと思う意思を伝えれば、気遣う言葉が返された。
「いい。好きな人がいる」

俺は正直に言えば彼女のことなど考えていなかった。

彼女と別れてしまえばその先の首尾など上々に違いなくて、聞き分けよく離れてくれるかが何よりの問題で難関であると思い込んでいた。2人には共通の友人が多く、それで多少煩わしいことにはなるかもしれない。友人たちには気を遣わせるであろうと、それでも、と、そんなことばかりだった。
そうして、そんなことばかり考えていた割に心配などしていなかった。
彼女が例えばよく聞くように、わめいて別れを嫌がったり、泣いて引き留めようとしたり、そんなことはしようもないのだから自分の意思だけでいいのだと。突然のことに怒って平手、なんてありえない。ひどく利己的で自分本位のこの考え方が、彼女との全てにおいては定着していた。その意識も特に無かった。そして初めて言われたわがままに、俺は立ち止まる。

おそろしい女だ。



「好きな人ができたから」
「うん」
「別れて」
「うん。わかった」
「うん。ごめん」

拍子抜け、と言うのとはまた少し違う。
佐久間の声は暗くも無く、しかし明るくも無くて穏やかだった。
わかっていたのだろうか。
こちらの気持ちが薄れ、やがて消えて移ったこと。悲しそうに目を伏せるでもなく、清清して笑んでもいない。佐久間はただ、まっすぐにこちらを見ていた。動揺も無い。落ち着いていた。
しかしここで、これでよかった筈なのに、まさに望んだ通りに事が進んだのに、
俺は釈然としなかった。

あまりの彼女の落ち着き様に、本当に勝手なことだが、
見限られていたような、これを待っていたのではないかという疑惑が浮かんで怒りが湧いた。
見限ったのはこちらである。
しかし佐久間は何事も無かったように見えた。冷静な目で見たら、ただただまっすぐ人の目を見る少女を見て、平然としていると思わないだろうが、源田の心は乱されていた。
今は好いた別の相手など、頭の隅にさえ無かった。

「いいのか」

気付けは口走っていた。
先刻友人が気遣って言った言葉だが、源田の中には全く好かれて居なかったのでは無いかとか、俺などどうでもいいのかとか、
淋しさと動揺にまみれた疑念がだくだくと濁って渦巻いていた。
「何故」
「やけに…」
己の醜態に気付いて黙るがその一言で彼女は察してしまっただろう。やけにあっさりと引くじゃないか。俺を引き留めるつもりも無いかと。
自分のことはさておいて、ある種の嫉妬。
全て自分の招いたことなのに急激に佐久間が憎くなる。嫉妬しながらも憎たらしくてたまらない。
落ち着き払ったその面に、平手を入れたい気分になる。

しかしそれは、負けだ。

源田の中で佐久間に対し、自分が背負う不誠実を同じように抱えていたのではないかという疑念が生まれた。
自分が裏切ったために相手のことなど信じられないのだ。
よもや先に不貞を働いていたのではないだろうか。
睨むように眺めて、今まで散々注いできた片目に止まる。変わらない目だ。きれいだ。

「…なにか、…」
「……?」
「なにか言うことはないのか。急なのに、お前は…」

疑問も無いのか…

源田は自分の動揺が許せなかった。なんのわだかまりもなく綺麗に切れたらいいと思っていたのに、自分に全く執着の無いような佐久間がどうしても許せなかった。
相変わらず一言の駄々もなく、望み通りの返答で応えた最愛の恋人なのに。

これ以上何を期待しているんだろう。

「…言うことは無い…」
「………」
「でも」

全身の産毛までもが逆立つくらいに息を飲んだ。
“でも”の先に続く恐怖を思いながら、ひたすら輝く片目を見つめる。

「言って欲しい」
「なに、言」
「きらいだと」

瞬間のひらめきが、俺を震え上がらせた。
好きな人ができたと言った。それはわかった。別れるが、その人を嫌いだと一言言えと。そう言ったのだ。そしたら気が済むとでも?

途端におそろしくなった。
なんて女だ。こんな陰に気付かなかったのか。

「私を」
「、なに?」
「私をきらいだと。言って」
「………」

(……なんだと?)


理解できない要求に戸惑う。無様なくらい。
佐久間の目はとても綺麗だった。
責める力も恨む念もこもっていない。
情けないくらいどうしていいかわからなかった。

「それでお仕舞い」
「………」
「最後にするよ。お願い」
(…無理だ)
「お願い。言って」
(無理)
「言って。それで、それで最後」
「………」
「おねがい」

(…………)







初めて言われたわがままに、俺は立ち止まる。
おそろしい女だ。


抜かれた骨は戻らないらしい。

言えなかった。

とどめを刺せと言うお前を、俺は……





……おそろしい女だ…







2011.07.15



***

反撃ではなく純粋にただ言って欲しいだけ。それできちんと諦めたい佐久間と突きつけられて動けない源田。
これ源佐久なのか…?


※ 伝わりにくい!注釈
Tosca 【トスカ】1900年発表
プッチーニ作のオペラ。
主人公フローリア・トスカ(有名な歌手)が自分に思いを寄せる警視総監(スカルピア男爵)に言い寄られた際、「これがトスカのキスよ」と言って彼を刺し殺す場面がある。




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