date 06:



氷点下の凍える、霜が降りた美しい朝。小さな風介も誕生日を迎えた。
しかしやはり、無関心である。
誕生日というものがよくわからないのかもしれない。自分が祝われている意味がわからないどころか祝われているという事自体を理解していないように見えた。

風介にとって世界は、自分以外の全てのようだった。
自分の見る世界から、常に自分を排除している。そしてそれが普通であり、正しいかたちであるという認識でいる。
これはヒロトが後年に考え至ったことだったが、当時の風介をよく見ていた、瞳子と晴矢には同感を得た説だった。


さて穏やかな年はこれでおしまいだった。
風介の誕生日が過ぎてすぐ年末。毎年の大掃除も行事として定着して、探り探りの運営も安定してきたと瞳子は嬉しく思っていた。彼女は施設が円滑に立ち回るため、随分献身的に尽くしてきた。金持ちの偽善と言われるのが嫌だったこともあるが、第一に施設の子供たちをとても大切に思っていた。
顔にも態度にも出さないが、複雑な物を抱えながら、瞳子は健気だった。


「風、それどうしたの」
「………」
特別に寒いとされていたこの冬、年が明けても冷え込みは厳しかった。この地域には珍しく雪が積もって、院は活気付く。
庭に出て積雪の地面に倒れたり、雪玉を作って投げ合う中、やはり風介は見ているだけ。そもそも外に出ようともしなかったため職員が防寒着を着付けて庭に出したのだった。
「ねぇ、それ、けがしてるんじゃない?」
「………」
「風、血が出てるよ」
日光が乱反射する白い庭で、ヒロトは風介の手に紙で切れたような赤い線を見つけた。
「ただのあと?」
「………」
「ねぇ、風介。見せて。痛くないの?」
「………」
(…まさか、またバリアする?)
ついいたたまれなくなって声がはやる。
「ほら手当てしてもらおう?」
「………」
「風、痛いでしょ」
「………」
この時風介は“バリア”を張らなかった。張らなかったが、ヒロトには何もわからなかった。
ぐしゃりと顔を歪めると、ヒロトの腕にきゅうと抱きつく。防寒着の圧迫を越えて熱い体温が伝わり合う。
何を体現しているのか、これは例の“ぐずり”でも無かった。
(外に出るのが嫌だったのかもしれない…)
察知能力の余りあるヒロトさえ、まだ子供だけに複雑さに対応できる経験は無かった。
もっともこの風介相手では大人の方がてんてこ舞い。もしもヒロトさえ風介がわからなくなった場合の事を、
多くの大人は考えもしていなかった。


冬休みが明けて新学期。
今年、風介は障害児学級に移ることになるかもしれない。
学校の対応は案外に寛大で親切だったが、瞳子は不安だった。
勉強には難なくついて行っているし、同級生との関係も悪くない。体は小さいが運動も出来るし、性格は特別穏やかでむしろクラスにはいい影響になるように思う。
しかし只でさえ孤児であること、風介に限っては虐待されていたことが明らかであること、ここに更に口が利けないというのは、父兄の印象が良くない。
おそらく多くの父兄は“可哀想な子”という認識でいるだろう。
瞳子はそれが嫌だった。たまらなかった。
自分が携わる施設の子供が可哀想がられるのが嫌だという、幼稚な話ではない。一概に言えないことを決めつけられるのを、瞳子は心底嫌悪していた。
彼女自身幼い日々、金持ちだから幸せ、などというくだらない妬みに叩かれて過ごしてきた。嫌な思いは山ほどしたが、それを経た自分の資質を決して悪いとは思わない。
その為に風介をこのまま さらす か、まだ分からないのに障害児として分類するかにこの1年頭を悩ませてきたのだった。

『訓練したら話せるようになるんじゃないかな』
ヒロトの提案を思い出す。
『病気じゃないんだもん。
訓練したらできるようになるよ、きっと』

…考えてみるか。
実行するなら早い方がいい。

瞳子は思い立っては早速、失声症治療について入念に調べた。子供のための治療法、心療法、虐待との関連など、ありとあらゆる知識をなめた。状態を断定できないため、可能性のあるもの、少しでも似た症例は暗記するほど熱心に読んだ。
風介に限り、何故か失敗は許されない気がしていた。
思えば判断力に優れ、行動的と言える瞳子が風介に関して引き身であった。気付くと実に不思議に思えた。
彼女は無意識に、驚くほど慎重だったのだ。

何故だろう……

妙な不安が脳の表皮を這って消える。その“不安”は知っておかなければいけないのに、本能が散らすように消してしまった。後はどうやっても“不安”の正体がわからない。

瞳子はこの片付かない気持ちのまま、どこかへ散ってしまった“不安”を抱えたまま、
努力を続けた。



しかし彼女の思い、思案、策に費やした時間諸々、
全て無駄となったのは、
この年の夏のことだった。





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