※ 雰囲気
※ 拒食症佐久間と心配性源田



もうちょっと針が動けばいい。目盛の間をふらふらして、なに、どっちにしろ良い結果じゃないが、知らないふりができないだけだ。
「かまうなったら……」
お前はそう言うし。

佐久間が拒食になったのは、何ってきっかけがあった気がしない。本人もよくわかっていない。そもそも病気の自覚が薄い。
嫌いな食べ物は昔から無かったがそういえば好きな食べ物も無い。
何を食べてもおいしいよ。
嫌いな物は特に無いよ。
完治が絶望的に思える。

「だいいちお前が気にする事じゃないんだから」
「俺が気にしなきゃ誰が気にするんだ。お前がもっと前向きなら、俺だってこんなにかまわないんだよ」
壁にかかったカレンダーには毎週水曜日になにかの数字が書き込まれている。
それは毎週少し減ったり増えたりで、でも第一週目から第四週目では結局少なくなっている。
そしてこの数値は、佐久間の体重である。
身長から割り出される標準体重からは10キロ少ない。肥満度はもちろんマイナスで、体も見るからに細い。痩せすぎている。
「別に困らないよ。体調だって悪くないんだ」
「今に悪くなる。今のまま減っていけば、年末にはお前無くなっちゃうぞ」
「おどかすなよ…」
「事実だよ」
食べる、ということにあまり関心の無い佐久間。
おまけで味がついてるみたいな栄養補助のビスケットやゼリーばかりを「簡単でいい」と言ってよく摂っている。そうだ。摂っているというのに近い。食べているというよりただの摂取だ。なににでもあっさりとしたたちだけど、食事に関しては驚いた。
無理やり食わせた事もある。今より痩せていた時期があって、いい加減死ぬんじゃないかと思ったけれど。なんとあいつ吐き出しやがった。
苦労して腹に流し込んでやった物をたぶん、全部吐いた。
悪いことにあれで拍車がかかってしまった。可哀想に、きめてになったのだ。
「好きな食べ物できたか?」
「ううん…そうね…
くだものかな」
「はあ……」
心配性の自覚はあった。度が過ぎてるかはわからないが、なにしろ自分も責任がある。
無理やり食わされたあげく逆流させて最後には水を大量に吐いたやせっぽっちはそのままころんと気絶してしまった。
わああしまった。源田は焦った。慌てた。泣きそうになった。死んだかと思った。とにかく救急車を。それで手にとった携帯電話は、指が定まらず何度も落とした。
佐久間は点滴につながれて、目をさましてから顔をしかめた。何が起こったかすぐ思い出してわかったらしい。何故そんなしくじったような顔をしたのかって源田がこうなると予感したのだ。
正確に。
「今日は何たべた」
「柿」
「だけ?」
「と梨」
「…だけ?」
「ええと…あと…湯葉食べた」
「湯葉?」
「パックのやつね」
佐久間は枝のような指で、パッケージの形をつくる。湯葉の栄養価は多分高くない。食べた量もたかが知れてる。たらふく食ったわけでもあるまい。
「どれくらい」
それでも佐久間はこう言うのだ。
「おなかいっぱい」
満足そうに笑うなったら。

ゼリー、くだもの、ビスケット。
来年にはほんとに無くなっちゃうぞ。
ぶかぶかのジーンズ。
去年はちょうど。
落っこちそうな時計。
一昨年はちょうど。
キスしてやわらかい。
これはいつまでか。
じゃれるみたいにしないで。
ほんとうに好きなんだから。
だから猫みたいにしないで。気にするなって言わないで。
それが言えたら楽だろうな。
大好きなお前が痩せていくのを黙って見てはいられないよと本当のキスをして言ってやったらやがてでもいつかでも身を削らないで生きてくれないかな。もう減らないでいてくれないかな。


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