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晴矢と風介には不思議な繋がりがある。そう気付いた時からヒロトは風介だけでなく、晴矢の観察も続けていた。
晴矢は意外に風介を見ている。
回数や態度からして無意識なものかもしれない。
しかし事あるごと、ちらりと視界に入るときでさえ、その1秒にも満たない瞬間しっかりとらえて目にうつす。
常に風介の隣に居ながらそんな晴矢と一度も目が合わない。
それで気付いた事だった。

「風介は晴矢がこわいの?」
「…………」
「…やっぱり…」
答えてくれない……
風介の意識は感覚として 読み取る よりも わかる に近い。
問えば自ずと答えを感じる。波長のようなものがあるのかもしれない。
しかし晴矢の事を訊ねる時、ぐずって頑なに動かない時、風介の意識は感じ取れない。読み取ろうとしてもわからない。さっと靄がかかるような、緞帳がおろされるような、その向こうに隠されて、探っても探っても見えなかった。

当時ヒロトは風介の感情や思いを読み取れないこの状態に、“バリア”という表現を使った。

感覚的な事なので他人には理解し難いが、ヒロトは人が感情や思いを発する 何か を感じる事ができた。これは一般人にはいわゆるはりつめた緊張感だとか、喧嘩して険悪な空気だとか、“場”が醸し出す程のものにならないとわからない。しかしヒロトはこれを実に繊細に個人個体から正確に読み取れる。読み取れる情報は言葉ではなく感情であるが、風介は時にその感情を発する、 何か に膜のような物を張る。先に靄や緞帳と表したものがそれである。
ヒロトによると風介は、同年代の子供に比べ、思念がとても読みにくい。事も無げに会話をするので読み取ることは造作もないと思われていたが、読みにくい上にこのように、“バリア”を張る技術もある。
性格的に見て過保護に成りようもなさそうなヒロトが、風介だけを余計に思うほど心配する理由はここにある。

風介は外との接触を必要としないのだ。

唯一ヒロトだけが風介の思いを理解できて、ヒロトが風介と外の世界を繋いでいる。そのヒロトをもこうして遮断する。意図してやっていることかはわからないが、これはつまり外との接触が無くていいということに相違無い。
いつか風介の声をきけると疑わないヒロトだったが、自分に無関心過ぎる風介がたとえ声を得たところでどうなろう。今とさして変わらないのではないだろうか。
膜 の向こうに手を伸ばす術はヒロトには無かった。
また、それができても風介が、
その手を取るとは思えなかった。




この年の冷え込みは例年をはるかに越えて厳しかった。寒さなど気にもとめずに外で遊ぶ、まさに風の子であった晴矢さえ、寒いと言って室内に逃げ込むことがよくあった。
「ひとみ」
「おかえり晴矢。あら、鼻まで赤くして」
寒かったでしょ、と瞳子が赤い頬を撫でると、体をよじらせそれを制する。照れたのだろう。
「ひとみってば」
「ん?何か用なの?」
「チビどこ」
「…チビ?」
瞳子は首を傾げたが、“チビ”が何かわかっていた。特別体の小さかった風介を、一部の子供がチビと呼ぶのを知っていたのだ。
「あいつ学校に忘れたからって、先生に渡されたんだ。ふでばこ」
「じゃあ渡してあげたら?」
「ひとみから渡して」
ばこ、と乱暴に机に置いて、さっと逃げようとする晴矢をつかまえる。
「はなせよ!」
「貴方が頼まれたのだから、貴方が渡すのが筋でしょう」
「いやだ!」
「人助けじゃない」
「知らねえよ!あんな奴」
そこでわめいていた晴矢が唐突に息を飲んだ。

2人が居た事務室から廊下を挟んで向かいの部屋から、風介がこちらをじっと見ていた。

気配が無いだけ驚いたが、それよりも異様なのは指である。
左手の人差し指で一本、真っ直ぐ晴矢を指している。
人を指差さないだとか、嘘をついてはいけないだとか、そういったことを口うるさく言われる歳だが風介の態度に悪びれるようなところは一切ない。
「風介…どうしたの」
「………」
「なんだよ…」
「………」
「あ…」
「あ?」

喋った?

実際声は出ていなかったが、口が喋るように動いた。
風介程では無いもののかなり感情に起伏の無い瞳子でさえこれには笑んだ。
先日ヒロトが『少しずつ風介は変わっている』と言っていたことを思い出す。

風介が指した場所は晴矢の膝で、そこには擦り傷が出来て血が滲んでいた。あれ、いつの間に、なんてのんきに言う晴矢と、すぐにその場から去る風介。
「あいつ“い”って言った?」
「たぶん、“血”よ」
「ちィ?」
瞳子は指されて気付いた晴矢の怪我を、丁寧に洗い、消毒した。血は止まっていたが小さくはないこの傷で、年を考えれば泣きそうなものだが晴矢は実にけろりとしている。この年の子供ならば消毒さえも痛い痛いとわめくものだが、我慢どころか何でもないような姿を強く、たくましく思う。
子供たちの成長は瞳子にとって、殊更大きな喜びだった。
「血が出てるよ、って、教えてくれたのよ。きっと」
「…ふうん…そっか」

手当てが終わると晴矢はぱっとさりげなく、ふでばこを手に取り事務室を出た。




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