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晴矢の言動は風介に強く影響を及ぼしている。
確たる証拠は無いがヒロトはそれを確信していた。

「風介、明日体育あるでしょ」
「………」
「体育着忘れないようにしないとね」
こくん、と頷く動作さえ、まだどこかぎこちない。意思の表示がことごとく下手を極める風介が、ヒロトは心配でたまらなかった。

夏が過ぎて、晴矢、ヒロトは共に誕生日を迎えていた。
誕生日といっても生まれた正確な日付は2人ともわからない。晴矢は院にやって来た日。ヒロトはヒロトと名付けられた日が、それぞれの誕生日とされていた。
「風介は冬だもんね」
「……」
力加減の少々おかしい“こくん”が返されヒロトは笑う。風介のこの“こくん”は、どちらかといえば“がくん”である。
「冬まで、おれがちょっとお兄さんだよ」
「………」
言いながら風介を抱えて座る。風介はいつもされるがままで、ぼんやりと、人形のような子供だったが、人の目をまっすぐに見詰めるどこか芯のある子供にも見えた。
結局喋らないので真偽の程はわからないが、ただの腑抜けというわけでも無いと思わせるものを持っている。
「風介はちっちゃいな」
「………」
「そうしていると、兄弟みたいねあなたたち」
瞳子がカメラを構える。
「風介のことなら、おんぶもだっこもできるんだよ」
「そう。力持ちね」
「いつかねえさんもだっこできるようになるよ」
「楽しみにしてるわ」
ぱし、と光るフラッシュ。
この時の写真は瞳子が大事に保管している。
ただ、フラッシュかカメラか、何が原因だったのか、この時この瞬間、風介が初めて表情を変えた。
「、ふう、…」
「…、……」
「あら、…やだ。嫌いだったのかしらね…」
思い切りしかめてヒロトの首にしがみつく風介と、笑顔で撮影に構えていたヒロトの顔に少々驚きがさしている。真後ろから抱えていたヒロトに抱きついたのだからもちろん風介の顔は写っていない。
だがヒロトも瞳子もしかと見ていた。
風介は撮影か、フラッシュか、とにかく何かを強く拒絶した。
「風介、写真嫌いなの?」
「………」
「…ね、風」
「…だめね。それぐずってるでしょう」
「うん…そうかも」
そのまままた例の“ぐずり”がはじまり、この日は特別長かった。いつもなんともなく思っていたヒロトだったが、さすがに疲れて音を上げた。

この年の夏はこの程度。
大きな変化も見られずに、やがて秋に入っても、やはり風介は口を利かなかった。



「喋ったら負けな」
この年の冬に流行った遊びが、穏やかなヒロトを激昂させた。
「ばかにして!」
ヒロトは時々瞳子と、里親である“父さん”と出かける。2人の留守に風介は1人。そうしてその間に始まったのが“喋ったら負け”というルールのゲームである。
院の子供は皆風介は居ないかのように振る舞っていた。しかしこの遊びは、遊んでやっている、仲間に入れてやっているという体で風介をいびるもの。参加する子供はにらめっこのように口を閉じてキョロキョロと見詰め合い、沈黙に耐えきれず笑い出す。
そして 風介は強いなぁ 更にと茶化して笑うのだった。

さてこの悪趣味なゲームには、
いつも事を率先している晴矢が珍しく関わっていなかった。
くだらねえ、とか、ばかみてえ、とか言って、とめるまではしないものの絶対に参加はしないのだった。それどころかゲームが一度始まれば、逃げるかの如くその場を離れる。時々は職員を呼んでやめさせたり、別の遊びを提案して、ゲーム参加者をごっそりさらっていくのだった。

このいじめと言えるゲームがあった時でさえ、風介の“ぐずり”はやはり無い。
虐げられても表情も変えない風介が、何を思って“ぐずる”のか、原因を突き止めつつあるヒロトにも当時不可解なことだった。


「風介が何をしたっていうの…」
「……そうね…」
「…ひどいよ…」
穏和で動じない子供であったヒロトが、これ程までに激しい怒りを露にしたのはこれが最初で最後であった。
毎日、このまま風介の声が出ないままになってしまったらと危惧している。一生喋れないのかもしれない風介のこれからを、心底切なく思っていた。

皆が一目置いている、特別な子供であるヒロト。
そのヒロトが現場をみつけて怒鳴った様に、風介をからかっていた子供たちは驚愕し、興が削がれて二度とその遊びをしなかった。
「なんだよ」「えこひいき」「いいこぶって」
その一時は口々に小さく悪態はつくものの、楯突く程の度量は持てない。ヒロトには不思議にそういった、物言わせぬ面があった。

「風、嫌だったら嫌って言わないとだめだよ」
「………」
「怒ったっていいんだから」
「………」
じっと見詰めて返してくるだけの反応が空しい。
ヒロトがため息をついたとき、風介はこくりと頷いた。
「……風…」
「………」

風介の中に何かが充ちていっている。からっぽだった風介に少しずつ何かが。

ヒロトのこの喜びは、ずっと心を交わしてきたヒロトにだけ、ひたすらの歓喜であった。あとは誰に説明しても、理解など到底されないだろう。
悔しくて涙ぐんだヒロトの頭を、小さな手で撫でようとする。
「風……」
「…、……」
届かなくて諦める。
ほんの僅か、微かに恥ずかしそうに見えて、ヒロトは笑った。
変化している……
風介の声をいつか聞ける。
怪我の功名、ヒロトは再び希望を持った。





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