※ 鬼道と雷門と帝国
※ 時間軸は二期後くらい
※ 『灰の轍』の続き




電話が鳴ったのは午後6時17分。着替えを済ませ、自室を出ようとした時だった。

- 公衆電話 -

覚えが無い。


「…はい」
不審は思えど応答する。ざらざらとしたノイズの後に、かすかな声が聞こえた。

『……、鬼道』

…子供?
“鬼道”と呼ばれるならきっと知り合い。部員か、同級生か。すぐに心当たりを探すがそれにしては幼い気がする声だと、思い付かない。
「……失礼ですが、」
名乗らないどころか以降何も言わない相手に更に不審が募る。
『…あの、鬼道、ありがとう…』

「………佐久間?」

細く控えめな声に閃いた。
電話口の音声は遠く、炭酸飲料を注いだ時のような、さわさわという音の向こうから聞こえるような気がした。
『鬼道、ちょっと、抜け出して来たからあまり話せないんだけど』
思い当たるとあとは確かに思えてきたが、
やはり相手は名乗らない。
「佐久間…だよな」
『え?あ、…そっか…、ごめん名乗ってなかった』
声を潜めているのだろうか。やたらと幼く聞こえる。
「…いや、…どうした?」

―――検査だって?
大丈夫なのか?
体の調子はどうだ?
チームは、学校はどうだ?
まだ全治ではないのか?
みんなは元気か?

…訊け、と、
思った。
自分の予期せぬ不遜な態度が鬼道自身を驚かせていた。
どうした、なんて、えらく冷たいじゃないか。少なくともひどい傷を負いいまだに癒えず、それと戦う友人に対して、ふさわしいとはとても言えない。
『…源田に聞いたから。
見舞い、気にしてたって…』
「………」
突然ありがとうと言われた異常に今気付いた。どうにも頭が鈍いような気がする。思っている以上にこの電話に動揺している。

『…だから、…あの…、ありがとう…』
「……何が?」
『…あの……鬼道、…どうか気にしないでくれ。
言わないでって頼んだんだ』
「…なにが言いたいんだ佐久間」

こいつは、…こんな奴だっただろうか。

話の筋が通っていないような、てんでばらけているような話し方が気になる。こんな風に、上手く話せない奴じゃなかったはずだ。

「意味がよく…」
『風丸が、見舞いに来てくれた時の事を話したって』
「…ああ、うん」
『だから、言わないでって、…頼んだんだ。今回のこと。みんなに言わないでって』
「……?」
俺の方が混乱してるんだろうか。やはりよくわからない。
『…お前に心配なんかかけたくなかった。ただでさえ……』
「……佐久間?悪いが…」
『ただでさえ、さぞかし、不安で居るだろうと…』

薄情にも切りたくなる。

耳に当たる固い機体がだんだん不愉快に思えてきていた。痛い。もちろん要領を得ない話にも腹が立った。
「…佐久間。言ってる意味がよくわからない」
『……うん、ごめん…』
これからの用事を理由に電話を切ることもできた。しかし相手の懸命さを感じる。後ろめたさがある手前せめて誠実を取り繕いたい。
「…検査のことを口止めしてたってことか」
とりあえず、理解できた部分を確認する。
『…ああ…。
…みんなには……隠し事をさせて悪かったと思ってる』
真偽はともかく円堂たちの戸惑いに疎外以外の可能性があったと思えただけで胸が軽くなる。我ながら単純だ。

『…言うって…言うから』
「…俺に?」
『……ん』

たかだか、このことは秘密にしてくれと人に頼むなんてよくあることだ。そんな、犯罪の片棒を担がせるような大変なことではないはずだ。
佐久間は昔から人に何かをしてもらう、または何かを頼むということが、相当苦手なようだった。それなのに今回それでも口止めを頼んだのは、それにかまっていられない程のことだと判断したからなのだろうか。

「…そんなに…」
『……?』
「俺に、隠したかったか」

鬼道はただ、蚊帳の外に出されたことに少しばかり腹を立てただけだった。佐久間が折角苦悩を圧して作った秘密をわざわざに暴露した、その心は考えなかった。

『…ごめんなさい…』

ほんの1時間前に会いに行って一言でも謝りたいと思ったこと。鬼道は不思議と今になり、ようやく思い出していた。

『…ただ、…その…
部活のこと……』
「……?」
『貴方が居た時のようには…』
さわさわと囁くような小さなノイズが、佐久間との距離を遠ざけていくような気がした。冷ややかな気持ちで声を聞いているというのに、鬼道は佐久間の姿が見えない、当然の仕組みに妙な焦りを感じていた。

『……いや、…なんでも、ない。ただ、…』
「…?」
『誤解を解かなくてはと思って…雷門は』
佐久間の声は急に凛として、はじめの弱く子供のような、細い声ではなくなった。
『雷門は良いチームだ。それを乱したのではないかと思って、謝りたかった』
ごめん、と区切る。

しばらく沈黙が続く。

鬼道は自分の脈が不気味に早いことに気が付いた。
何故、今。動揺しているとでもいうのだろうか。

「……謝られるようなことじゃない……」

驚くほど弱々しい自分の声に情けなくなる。しかし本当に、本当に情けなかった。恥ずかしくもあった。
なんという高慢な自分だろう。
この電話の相手は、かつて苦楽を共にしてきた大切な仲間の1人じゃないか。しかも、ぼろぼろに傷ついて、弱り果てていた。
それを避けていた自分はなんて弱いのだろう。出向いていって話をするべきだった。意思を伝えて行くべきだった。本当はわかっていた。
なのにそれをしなかったのは、怠惰や引け目ではなく、
高慢にある。

独断が許されると思っていた?
そうじゃない。

許されないわけがない。それとも違う。
有無が無いのだ。
彼らが自分に、怒りを覚えるわけがない。そんなことができるわけがない。

『…鬼道?』

全身から汗がふき出した。
さむくてあつい。胸が破れそうなくらいに心臓が暴れている。

「…、………」
『…鬼道…?』
「、……、…すまない」
『えっ』


また逃げた。


定まらない指が、力強く電源のボタンを圧迫していた。






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