※ 豪炎寺と佐久間
※ 捏造氏名・一人称他
※ 「20時間」の続きぽい



2駅先の市民グラウンドで行われた練習試合。
妹がこれほどまでに行動的で、かつ兄の勇姿を渇望していたとは知らなかった。
まさか1人で観に来るとは。
帰路の電車内で勝手な行動を叱ろうと思ったのに、彼女はすぐさま眠ってしまって結局目覚めず背負って下車。荷物は重いし試合で疲れたし妹の体重も当然負担。その上いつの間に降りだしたのだか、外に出ると雨だった。
うんざりしてため息をついた所に拾う神とはこのことである。滅多に会う機会のない、想いを寄せる女の子。
『やっぱり、豪炎寺…』
年季の入った駅の構内で泥のついたスニーカーと学校指定のジャージなのに、1人浮き出ているように見えた。惚れているせいだとはわかるのだが、ならばもう仕方のない錯覚だった。

佐久間は同じくジャージ姿の豪炎寺と、彼に背負われた彼の小さな妹を見て状況を理解した。
そして迷わず自分の傘を差し出したのだ。
『これ使って。夕香ちゃん、濡らせないだろう』
自分1人なら走れるが、背中で眠る小さな妹の体を冷やすことはできない。然りとて止むまで立ち尽くしてもどうせ同じことだった。
申し出は本当に、ありがったかったのだが、難点、一方佐久間が冷える。
「…お前、どうするんだ」
「うーん…まぁ気にするなって」
もし佐久間が雨の中歩くなら、それは大事な妹が雨に冷えるのと同じくらいには心苦しい。
「そのうちウチの部の誰かが来るだろうから、そしたら入れてもらうよ」
どこか喫茶店で止むのを待ってもいい。あくまで気楽に言うので複雑なのだが、“ウチの部の誰か”とはつまり男子であろう。それはちょっと面白くない。
「…貸してもらって、悪いが」
豪炎寺は表情をかえずに淡々と言う。
「夕香を背負ったまま傘をさすのは難しいな」
「あ、そっか。荷物もあるしな」
言っただけでその先の考えがあったわけではなかった。黙って佐久間の反応を待つ。
「…じゃあ、私さそうか。家までおくる。貸し借りも実際結構面倒だからな」
佐久間は少しだけ考えて、それだけ言って傘を開いた。5段ほどのステップを降りてさした傘の右側にスペースをつくる。

「行こう」

全く起きない妹を困ったものだと見ていたが、今となってはどうかこのまま目覚めないで欲しいと思っていた。
だってこれは、俗に言う。
「相合傘」
「!」
「大丈夫?豪炎寺彼女いるんじゃないか?」
「………」
「あ、そうだよな…ごめん…気が利かなくて…」
丁度考えていた事を言われて声に出したかと思った。しかしさらに続けられた言葉には置いていかれてそうではないとわかったが、少なからず胸に痛い内容。
「あ、でも、ほら、もし何か誤解でもあったら、」
「………」
「部で付き合いがあったって言えば説明つくんじゃないかな……」
そんなことはどうでもいい。
彼女なんて居ないと言って安心させてやればいいのに、自分でも不思議なくらい頑なに黙る。佐久間の気遣うような視線が向けられているのにも気付いていた。しかし今、豪炎寺は、怒っていた。
「…だ、大丈夫だって…!ほら、私ジャージだし」
「………」
「こんなだし。女じゃねえとか言われるんだからきっと」
ん、でも男同士で相合傘なんてしないか…と明後日の方向に思考を飛ばしだす佐久間。豪炎寺がむすっと黙っている理由を全く理解していないだろう。

「…彼女はいない」

ぼつ、と呟いた声は雨の中で妙に響いた。
佐久間がこちらに向いたのがわかった。しかし顔を直視できない。

こんな性格だから動じないふてぶてしさを決めつけられることが多いが、好きな人が隣に居て、緊張もすれば舞い上がりもする。
ぶかついたジャージの裾や袖が可愛い。たまにぶつかる二の腕が柔らかい。髪が揺れる度いい匂い。
ああ、おれは、いったいなにをかんがえているんだ。

「あっ、次子ちゃん」

前触れの無い妹の声にびくっと背が伸び息を飲む。
「こんにちは。おはようかな。夕香ちゃん」
「どうしたの?どこ、ここ」
まだ寝ぼけているのか状況がわかっていない。電車で寝たのだと聞いて、きゃっ、とあげる声が可愛らしい。
「お兄ちゃんごめんねえ。夕香降りる。歩く」
「傘に入らないからそこにいろ」
「えっ?わぁ、相合傘なの?」
くすくす笑う佐久間の声。ようやく横目に盗み見て、深呼吸。

…また、綺麗になった…

欲目?違う。絶対違う。この子はとどまらずに輝きを増す。
妄想めいていると思うのに、恥ずかしいとさえ思ったのに、
だって、だってこんなに可愛い。傘などいいから抱きしめたい。

「今日お兄ちゃん四点も決めたんだよ!」
「へえ、観たかった。かっこよかった?」
「うん!いちばん!」

先行して何処にでも飛んでいきそうな自分の横で、妹が兄を絶賛する。これも恥だ。この子はこの恋する阿呆の兄を知らない。
「やっぱりね、お兄ちゃんが一番かっこいいと思うのね」
「ふふ、うんうん」
「それで、次子ちゃんがお兄ちゃんの彼女なら夕香嬉しいなぁ」
兄の自慢話を聞くつもりだったのに話は意外な方向へ行った。佐久間はさすがに面食らったが、それは豪炎寺も同じだった。
「…、え?」
「前にも言ったけどぉ、お兄ちゃんにも言ったけどね?」
「夕香…」
さすがに制止に入る豪炎寺。しかし落ち着いた声色とは裏腹に、腹がみしみしと動悸する。
「だってお兄ちゃん彼女いないんだし、ゆうと君に訊いたら次子ちゃんも彼氏いないんでしょ?」
じゃあいいじゃない、と子供らしい二元論できゃっきゃとはしゃぐ夕香を尻目に、その兄と佐久間は微妙に気まずい視線を交わした。

「ねぇどう?」
夕香が無邪気に訊いてくるのを佐久間は困って笑っていて、豪炎寺はひたすら黙っていた。
佐久間に会ってからというもの夕香はことあるごとに次子ちゃんがお兄ちゃんの彼女ならな、と言うのだ。自分だってそうなったら嬉しいが、まだ何か行動を起こせるほど踏ん切りがついた訳ではなかった。
自覚と同時に突然抱き締めてしまった負い目もあるし、自分はもしかしたら危険かもしれない。恋愛に関して歯止めが利かない人間なのかも。それを思うと踏み出せない。

妹の言葉はひたすらに無視して思考に耽っていたが、控えめな佐久間の声には急に耳が冴える。
「夕香ちゃん、あの…
私たちはただのサッカー仲間というか…友達でね?」
お互いにそういう感情は無いんだよ、と説明したかったのはわかっていた。
しかし、ああ、そうだ俺は怒っていたんだった。
佐久間は豪炎寺の気持ちになど、全く気付いていないのだ。抱き締められたあの夜を忘れたのだろうか。悲しい。

「俺は好きな人がいる」

気づけば大人げない行動を取っていた。幼い子供の可愛らしい提案に、黙れと言ったようなものだ。
「えっ…好きな人…?」
「…ああ」
妹の声から明るさが消えた。冗談の域を出ない子供の発想に秘密をもって黙らせるなんて、馬鹿だ。
佐久間ときたら案の定驚いているだけで、自分の事だとは絶対に思っていない。
それが更なる暴走を生んだ。



「じゃあ、悪かったな家まで」
「気にするなって。困った時はお互い様」
「上がって行くか?」
「…ううん。いい。」
マンションの共同玄関前で豪炎寺と夕香は傘を出た。佐久間は屋根下に入ろうとせず、そのまま帰ろうと一歩さがる。
「夕香エベレータのボタン押す!次子ちゃんまたね!」
夕香はぴょんと背中から降りてエレベーターホールへ走って行く。佐久間はそれに手を振ると、いよいよ帰るようにまた一歩さがる。
「じゃあ豪炎寺、また」

豪炎寺は気付いていた。
上がって行くかと訊いた時、僅かだが佐久間は赤くなった。あの夜を思い出したのか、今初めて意識したか。とにかくあの時のことも思って、家に上がるのを拒否したのだろう。

豪炎寺は背を向けた佐久間の腕を掴んで無遠慮な力で引き寄せた。
「、…わっ…」
驚いて傘を落とし、よろめいた体を支えて勢い。頬にキス。それに驚いている隙に額にもお見舞いする。
「…、…えっ……」
佐久間は頬をおさえて口をぱくぱくと、何も言えないまま見詰めてくる。

「好きな人居るって言っただろ」

一瞬、衝撃に打たれたような表情のままの彼女を残し、妹が呼ぶ方に去っていく。
わかってくれ。気付いてくれ。
俺はお前が好きなんだ。




2011.04.29






***

なんで豪佐久ってこう…
長くなるんだろう……
豪炎寺がしゃべんねえから文章が多くなるそんな気がする…




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