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風介が院に入った年が明けて、身体中にあったあざもほとんど消えた。
春、晴矢、ヒロト共と同じ学校に入学し、相変わらず口を利かないどころか発声も無いが健常児童として扱われることとなった。

体は小さく弱々しく見え何も話さない風介。それなのに不思議と人に好かれた。“嫌われない”という方が正しいかもしれない。特別からかいを受けたりいじめの対象になることがなかった。

ヒロトは過ぎない程度に風介を気にして様々な配慮を怠らない。こちらも相変わらず年齢にそぐわない落ち着きを備えていた。クラスの中でも常に一目置かれるような優秀な子供。模範生の鑑である。

一方晴矢は持ち前の明るさで入学からいくらも経たずに多くの友人を得ていた。放課後はいつも暗くなるまで遊びにふけ、門限を過ぎるということも度々あった。

一年目はまだ平穏であった。

学校に慣れればあとは落ち着いた生活そのもので、晴矢の門限破りも徐々に回数が減っていった。
「珍しいわね。門限まであと一時間もあるわよ」
「いんだよべつに。どうせ明日も会えるもんな」
晴矢の人の中心になる質というものが、時々ルールを守ることに繋がった。どうやら自分が手本にならなければ示しがつかないと考える、大人びた面があることが少しずつわかってきた頃だった。
落ち着きが足りないとされてきた彼の飛躍的な成長に、院の職員も目を見張る程であった。

その反面夏頃から、安定を絵に描いたような風介がたまにひどく乱れた。
人との物理的接触を歳の割に好まない傾向があったのに、ヒロトにしがみついて離れなくなる。
離そうとすると首を激しく左右に振っていやいやと示す。このような激しい動作も頑なな態度も全て初めてのことだったため、職員は困惑したが瞳子はむしろ喜んで見ているようだった。
いわゆる“ぐずり”の様子に似ているのだが、この程度の主張でさえ今まで一度も無かった風介。
喋らない上に感情の表現も無かったが、ヒロトのことだけは好きで居るのだろう。それは院の誰しもが、物言わぬ風介のことで唯一わかっていたことだった。ひしと背中や膝にしがみついて、ひたすらぐずる風介。

ヒロトは誰よりも動じなかった。

しがみつかれたまま、冷静に風介を観察し、目的を探っていた。そして気付く。
風介は晴矢がある行動をした時、必ずこうなる。
「晴矢がこわいの…?」
「…………」
不思議なことに普段よりもずっと大きな動きをしている筈であるこの状態の風介の心を、ヒロトは感じることができなかった。それもより強く集中して読み取ろうとしているのにも関わらず。
「風介…わかんないよ」
「………」
「ねぇ、…」
僅かだが、震えているような気もする。しかしそれをヒロトは誰にも話さなかった。この幼さで同じ年齢の自分にしか頼れない風介が哀れで、できるだけ弱味を守ってあげたいと思っていた。



「バァカ!」

みし、と嫌な音がして、床に血が落ちる。ちょうど夏休みに入ったその日、夕食後のことだった。
「風介」
「………」
晴矢が院の子供の鼻を殴り、風介は即座にヒロトの背中に隠れた。
なんでもない子供の喧嘩だったが血が流れるのは稀なことだ。晴矢は反省するどころか、血を流させた事実にさえも動じなかった。
「そっちが悪いんだよ」
息巻いて叫ぶ晴矢を職員は慌てて押さえて叱りつけた。謝りなさいと命令されて、晴矢は更にいきり立った。
「あっちが悪いって言ってるだろ!おれは悪くねえ!」
悪くないものを謝れるかと腕を押さえていた職員を突飛ばし、卓上にあったコップを掴むと投げつける。陶器のコップが床で弾けると食堂はにわかに騒然となった。
その中でヒロトと風介だけは、席も立たず声も上げず、大人しく座って事を見ていた。
「…風、」
「……、…」
やはり震えている。

風介が“ぐずる”のは、晴矢が誰かを傷付けたり、喧嘩が起こる時だった。

どんな関係があるかわからない。晴矢と風介はこの1年、お互い遠かった。
院には50名近く孤児が居て、その中では自ずと仲の良い者がまとまった班のようなものができていた。幼い子供同士の事なのでそれほど組織的にはならないのだが、ヒロトと風介はどんな班にも属さない、一線を引いた場所に居た。
風介は言わずもがな、ヒロト以外の人間とは意思の疎通が出来ないし、関わろうという意識が無かった。
ヒロトは院の創設者に里子に出されているという特殊な子供であったし、優秀さからやはり院でも一目置かれる存在だった。

だからこそ思うのだが、
普段から仲が良く、いつも一緒に居る相手なら、その相手の言動に敏感になるのはわかる。影響を受けやすくなるだろう。
しかし晴矢と風介は遠かった。
誰の目にも明らかに遠く、またヒロト以外の誰に対しても態度が一様な風介が、唯一特別避けるように見える人物が晴矢である。

こんなに遠く、お互いを居ないように振る舞っている相手の、
何にこうも反応するのか。

その時ヒロトは風介の、
“ぐずり”の違和感に気付いたのだった。






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