act03.




「次ちゃん、字が書けるのねえ」
次子は律儀な性分で、受け取った手紙には全てきちんと返事をしていた。
丁寧にお断りを入れる簡素なものだが、相手を傷付けぬように気を配って選ばれた言葉の手紙は次子の心をよくうつしている。
「はい奥さま。以前のお館では下働きも字くらい書けなくてはと」
教養が義務ではない時代のこと。正しく文字を書けるというのはそれほど珍しくはないが、次子はたった7つで出路に出されていて、それで字が書けるというとなるとこれは珍しい。
「なので御当主様にはたいへんに感謝しております」
「きっと学校なんかに通ったら、いい成績をとれたろうにねえ」
次子の字に感心した奥方は書き物の用事をよく頼むようになった。お得意様への文やらなどはいざ知らず、店に置く品書きなんかは次子の書いたのだと知ると盗む輩までも出た。

「ふてぇな」
それを聞くと御主人は笑った。勇気は新しく書かれた品書きを台紙に綺麗に貼り付けながら、はあ、と小さくため息をつく。
「確かに次子さんはお綺麗ですけれど、まだ14歳なのですよ」
「そうだな」
御主人は煙管をふかして新聞をめくる。勇気の話にあまり乗り出す気はなさそうだ。
「それなのに、許嫁があんたに惚れたどうしてくれる、なんて言ってくる」
「うーん」
「そんなの次子さんが悪いのでは無いのに。おれ、次子さんが不憫です」
「…そうさな」

「戻りました」

丁度次子が戻ってきた。近所の和菓子屋に使いに出していたのだが、戸口に立つ姿を見ると御主人はしまったと小さく言った。
「勇気に行かせればよかったな。次ちゃんすまねえ。重かったろう」
ぱんぱんにふくれた紙袋を2つ両手いっぱいに抱えていて、次子の顔もあまり見えない。御主人は昨日今日とどうにもぼうっとしているようだ。いつもはこんなに荷物になるとわかっていたら勇気か2人で行くようにと頼むのに、やはり変だと勇気は思う。
「次子さん、ひとつ持ちます」
「ありがとうございます…」
左に抱えていた紙袋を次子の腕から取り上げると、次子はすっと顔をそらした。なにか、照れているように見える。
「…どうかしましたか?」
「…いえ、あの」
「顔が赤く見えます」
はじめは重い荷物を運ぶのに力を込めていて赤いかと思ったのだが、恥じらっているのではないだろうか…
勇気は次子を覗き込む。
「あっ、やめて」
「しかし」
「やめてください。私、こんな」
「どうかしたんですか?もしやまた誰かに手紙でも」
「いえ、ただ、風丸姉さんが」
「風丸姉さん?」

“風丸姉さん”とは今次子が使いに行ってきた和菓子屋の店子である。器量も気っ風も良い娘で、幼い頃から住み込みで働いているので春奈も馴染み。勇気と次子にとっても、この界隈の先輩であるし、商売の先輩でもある。親切なので2人はなついて“姉さん”と。

「あの、…笑わないでくださいませね」
「はぁ、なんでしょう…」
次子は紙袋を近場の客席の椅子におろす。片耳の下にまとめられた髪がいつもと様子が変わっている。
「わぁ、ゆわえたのですか?
いや、もしや姉さんが?」
「…はい。目を隠さなくてはいけないけれど、仕事をするには髪が邪魔だと相談したのです…」
「ははぁ、へえ…。
お似合いですよ」
菓子折りの箱を結わえる紙紐ではあるが器用にゆわえられている。次子が気にする右目はきちんと隠れ、なおかつ仕事の邪魔にならないような髪型である。
「これから暑くなりますしね」
「…ハイ…でも、おかしくありませんか」
「ですから、お似合いですよ」
勇気の言葉にぽおっと照れて、今度は御主人をちらりと見る。これを黙視していた勇気は思う。大人が惚れてしまうのも、どうしようもないのかもしれない。
次子はただ美しいとか可愛らしいとかだけではなく、愛しく思い、大事にしたくなる、そういう心を刺激するのだ。ある意味では魔性である。純粋な子供だからこそかもしれないが、これでは最悪拐いにあうかもしれないな…。
大人が、たかだか14の子供に入れ込んで、婚約までも投げ出してしまうのは恐ろしいことなのだと今更気付いた。
勝手の前で御主人に新しい髪型を披露している次子を見る。
どうしても、可哀想な目には遭わせたくないものである。

「あら、まあ。次子さん可愛い」
「お嬢さん。お帰りなさい」
夕方の店が混む時間、学校から帰ってきた春奈がぱああと顔を輝かせて言う。
「どうしたんですか?とっても素敵!お似合いです」
「あ、ありがとうございます…」
また、真っ赤になる。
これをただ可愛いと思う以上の、悪い心で見る奴が居る。勇気の気持ちは落ち込んでいた。

誰か、誰も敵わないような、強くて優しい男が居れば。

そんな男が次子を見初めて大事にしてくれればな。そしたら安心なのに。
次子は大切にされて安全だし、悪い男は近付かない。
「勇気、顔が暗いですね」
いつの間にか春奈が傍に立っていた。
「いえ、ちょっと考え事をしていました。すみません仕事中に」
「そんなこと怒りませんよ。勇気は真面目ですからね」
「いやみを言わないでください」
春奈と勇気は笑い合って、春奈は二階へ上がって行った。





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