子供の社会は複雑で、冷徹。
思うままに居られる反面、責任だってある。
多くの大人が子供であった頃の自分を思えば自由で勇敢な、命知らずに感じるだろう。
後で思ってぞっとする、忘れられない言葉や事件があるだろう。



date 01:



晴矢がこの孤児院に入った日は暑い日で、空調の効いていない玄関に立つと病院の方がよかったと思った。それだけは憶えている。

奥から出てきた女は無愛想で、持ってきたほんの少しの荷物を拾い上げてまた奥へ消えた。ついてきなさい、と呼ばれて靴を脱ぐ。後でその脱ぎ散らかした靴を注意された。
当時まだ4歳だった晴矢は、この日のことをこの程度しか記憶していない。

そもそも何故入院に至ったかというと一家心中に遭ったためだった。と言っても心中したのは親の2人で晴矢は特に、情をかけられたわけでもなければ嫌だと主張して見逃されたわけでもなかった。両親は異常なまでに晴矢に関心が無かったように思えた。
晴矢が居た隣の部屋で2人は死んで、晴矢は黙ってそこにいた。やがて保護された時には酷い飢餓状態でしばらく病院で治療を受け、その後“子供の家”に引き取られることになる。
“子供の家”というのは幼かった晴矢が孤児院を意味して呼んでいたものだ。
幼稚園に通うどころか子供と遊んだこともなく、会ったことさえなかった晴矢にとって突然大勢の子供と暮らすことになったのは驚きと興味の毎日であった。家の窓から駆けていく子供たちの姿と声を別の世界のことのように見ていた晴矢が、どのような思いで院を“子供の家”と呼んだのか、想像に難くない。


晴矢は境遇にほとんど影響を受けずに育った。気にしていないどころか、自らの生い立ちを自分とは関係の無い出来事だったという意識でさえいた。
院の子供たちがお互いのことを話すことはまず無かったが、いつまでも癒えない子供も居たし、初めから親もなにも無くてひたすら明るいような子供も居た。
創立からあまり経っていなかったせいもあるが院の子供たちの年齢はだいたい似かよっていた。それでも乳児の頃から居るという古株の子供もいて、里親や養子に出されて居なくなる子供も居た。
晴矢は時折やってくる創設者に対し、初めて人になつくということを知る。創設者の実子である無愛想で近寄りがたいはずだった女にもそのうちなついた。

不幸に違いないのに晴矢は幸せだった。

時々養子や里親に出されて居なくなってしまう子供たちや、親が連れに来て別れる子供たち。祝うべきことだとは判断がつく歳ではなかった。無邪気になつき、居なくなる相手には裏切られた気分になる。それさえ無ければもっと嬉しくて楽しい。
幼い晴矢の思いはそれにつき、友達が消える事象は純粋に敵のように認識していた。


明るく元気もよく、幼いながら院の子供たちの間では中心的になっている晴矢は可愛がられた。
少し利かん坊ではあるが、素直で人懐っこい、良い子。
院での晴矢の印象はこうだった。
この印象はある日突然覆ることになったが、院の者は誰もその予兆を感じていなかった。2人を除いて。

「ねえ」
「……あ。何だっけ。お前」
晴矢の髄とも言える部分が表面化したのは8歳の時。
「意地悪はやめてくれる」
「は?してないんだけど」
「今のこと。何だっけ、ってひどくないかな」
ヒロトは院の子供たちの中では特別特異な存在。入院はしているが創設者の元に里親に出されているという特殊な子供。
「何がぁ?そう思ったから言っただけだけど」
「…そう」
晴矢はヒロトが嫌いだった。好き嫌いを臆さずに露出する性格ゆえにヒロトに対していつも冷たく接していた。
「それはいいんだけど」
「なんだよ。意味わかんね」
「君少しこわいよ。おかしくなりそう」

晴矢に対し、平等な態度でいるのは院の子供たちの中では晴矢の年上の者のみである。このヒロト以外は。
院に入ってから常に皆の中心であり、あの子供の社会ではかなりの権力を持つ晴矢である。子供といえど見えない身分が存在するのは暗黙にわかりきっていること。それなのにいつも好んで1人でいるか、変わり者で静かな風介と2人きりでいるくせ晴矢に対等な態度である。
そのことでも晴矢はヒロトが嫌いだった。
皆が慕う創設者、「父さん」に特別扱いされているだけで大嫌いなのだが、この態度ひとつとっても兎に角いろいろと、あらゆることが気に入らない。
凄んでみても動じなければ何もかもわかっているような余裕も、子供のくせにいつも妙に柔らかい物腰も嫌だ。

「おかしくなりそう?何言ってんだお前」
「わからないの?」
「お前の方がおかしい」
「風介も言ってるのに。自分がわかんないってこともあるんだ…」

ヒロトはその日それ以上を言わなかった。晴矢は言われたことを気にもとめなかった。
ただ時々ヒロトや風介にじっと見詰められて居るのに気付くと、ふと思い出して意味を考えることもあった。何故か忘れられない。



そして晴矢が院に来て4度目の夏。

当時院に居た者にとって忘れられない事件が起きる。




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