2014/12/17 Wed 00:27

★ インディゴ・ナイトB



※ 知識無いなら書かなきゃよくねってレベル
※ 宗教的・思想的共に何の意図もありません
※ 無計画d=(^o^)=b



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「罪をおかす人は罪の奴隷なり…」

群青と漆黒が深く染められたメルトン生地のケープの下で、固く組まれた指が白く血の気を失っている。
真鍮のクロスがみぞおち辺りで鈍く光る。
いとけない顔立ちのシスターは、伏し目に一体何を見ているのか。
「あの…」
「聖書の言葉です。ヨハネ伝8章、34節…」
落ち着いた声だが、見たところ15、16の年頃だろう。
「あ、すみません。関係の無いことを…」
「いいえ。職業上、たまに教会とは対立しますが、信心無い人間というつもりはありませんよ」
笑ってみせると若いシスターは軽く膝を曲げてお辞儀の形をとった。今日日、それこそこんな場所でしか見ない、優雅な所作にヒロトは少し面食らう。
「こちらへ」
「失礼します」
「司祭様はご高齢で、今は御気分もあまりよろしくは無いので…」
「長くかからないようにしますから」
「感謝いたします…」
古い木造の扉の前でシスターはまたあのお辞儀をして、要塞のような薄暗い廊下を去っていった。

犯人からの告白を受けた教会から、なんとしても話を聞かなければならない。
街中の教会をしらみ潰しに当たっているが電話をかけてきた司祭が見つからない。
匿名の電話であったことから直接会おうとも名乗るはずも無いが、もしやと怪しめる者も居ない。

この教会はこの地域で最も古く歴史があるが、戒律の厳しい宗派だからか修道士も年々減り、もみ森の中ひっそりと息を殺したように建っている。
医者にかかれるだけの財を持たない病人や、治る見込みの無い患者、戦争や事故で身体のどこかを欠損した者などが併設された病院で暮らしており(退院の見込みが無いことは暗黙されていると思われる)、医師や看護士も国から派遣されている。
ここは国に保護されている…しかしそれよりも、文明や科学の発展が行き詰まりかけたこんにちにも衰えぬ、聖なる存在への畏れと不可侵の習慣が、多くの者をしり込みさせている。当然のように保護を続ける国の姿勢を含めて。

警察へ電話をかけてきた司祭の声は30代から50代という話だから、高齢というこの修道院の司祭では無いのは明らかであるが、だからといってあたりもしないのは怠慢である。
年季の入った椅子と同化しているような様子の司祭は穏やかで、高齢ではあるがはっきりとした人物だった。
罪の告白をしたがる者など近頃はついぞ少ない、と、ぼうぼうに伸びた眉毛に隠れた目がしばたたく。
両開きの窓からまろやかに入る光は、使徒ヨハネと聖母マリアが対になった鮮やかな色彩のステンドグラスを通して司祭の肩に色を散らしていた。
ヒロトは深く礼をして部屋を出る。

案内してくれたシスターに挨拶をしようと探してみると、古いが大切に保全されてきた様子の礼拝堂に姿を見つけた。
「シスター」
「………」
イコンに膝をつき真鍮のクロスを手に、祈りを捧げる少女はとても絵になる。
ヒロトが居ることさえ気付いていないのか、そんなに熱心に何を祈っているのだろう。
「…終わりましたか」
「…失礼いたしました…中断できなくて…」
自分は未熟で、心を静めるのが上手くできない。一度祈りの姿勢をとると、その祈りを止めて立ち上がることさえ困難だという。
「それは…では祈りの時の心とは、穏やかではないと?」
「…祈る心は静粛ではありません。内に猛る何かと戦い、それをいさめなければならないのです」
「………」
ヒロトは子供といっていい年頃のシスターの言葉を、意外な気持ちで聞いていた。
「例えば何と戦うのです」
「…己です。祈りは自分が何者なのかを探求する戦いです」
「何者なのかとはどういうことですか」
「………」
使い古された色ガラスのランタンしか礼拝堂を照らすものは無く、冷えた空気が石床の上をネズミのように這い回っている。
「…心配な事や、わからない事は誰にもありますが、それをどうしたらいいのか、それぞれが考えますね」
「そうですね。私の仕事はその最たるものでしょうね」
「でも何ができますか」
「…え?」
シスターの瞳は奇妙な色をしていた。真っ直ぐにこちらに向かう眼差しは、その中央で対流する太陽の紅炎のようにうずまき輝いている。
「私が遠くの国の飢えた人々を憂えても、出来ることは限られています。罪に苦しむ人々の声を聞いても、その罪を取り去る事はできません」
(罪に苦しむ人…)
「無力は苦痛です。果てどない拷問のよう…
無力に対する痛み、苦しみ、怒り、呵責…
それらと真に向き合えた時に、己を知ります」
「ははぁ…」
「私は主の導きに従わぬ悪しき弟子です」
やわらかい微笑みにどきりとする。太陽の瞳はカットされた宝石のように目の表情によって光を変化させる。
「あなたは随分大それた事をおっしゃいますね」
「まずは己で道を進んでみたいのです。それでも主の御心に感謝し、愛しております」
「なるほど…」
十代の子供らしい、挑戦的な精神と思う。
しかし此処にあっては邪道な思想ではないか。
心の葛藤をあの穏やかな司祭が咎めるはずも無かろうが、無垢ゆえに危険である場合もあるのだとヒロトは知っている。
「面白いお話を聞きました。また、ここへ来ても?」
「どうぞいつでも。日曜の礼拝にはオルガンを弾きます。とても綺麗な音ですから、その時にでも…是非」

太陽の瞳のシスターは色ガラスの嵌め込まれたランタンを手に持つと、優しい所作で帰り道を先導する。
車に乗り込むヒロトにまたあの慎ましいお辞儀をして、古の館に下がって行った。




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