2012/11/04 Sun 23:49 ★ 幸福の匙@ ※ 暗いよ!\(^o^)/ ※ ぐろい?よ\(^o^)/ ※ よくわからないよ! エバー・ワリクソン。エーゴラというこの機械を造った女だ。一度だけ顔をみたことがある。テレビだけど。 恐慌がこんなかたちで起きるとは思わなかった。何もかも飽和した世界の世代だから、根性が無いのかもしれない。 エーゴラを撫でると表面はさらさらしていた。見た目は冷蔵庫に似ている。このエーゴラという機械の役割を、10年前の自分が聞いたらまさに沙汰と限りと思うだろう。10年前不動はまだ子供で、平和を前提とした世界、さらにとりわけ危機感の薄い日本という国で育まれた弱者だった。 恐慌が起こったのは、15歳の時。世界中がパニックを起こす毎日、不動は自分の高校受験の心配ばかりしていた。まわりもみんなそうだった。ただ不動の恋人だけが姿を消した。 (恋人…) 中学生の恋愛なんてたかがなものだ。恋愛と呼べるにふさわしいとも言い難く、未熟でばかばかしく、うかれている。 恋は痛い。 不動は消えた恋人のことを忘れた。身分違いといえるほど、家の状態に格差があった。恋人であった佐久間の家はおそろしく大きく、資産も把握の利かないくらい凄まじい。一般家庭より少々財力の劣る家の子供であった不動は屁にも思わなかった恐慌が、あの大金持ちには何かしら影響があったのだろう。すたこら逃げるくらい。当時の不動の想像力ではそれが恋人の行方を予想できる限界だった。 エーゴラは砦である。 何がといえば、かたきは恐慌なのだから、行き着く先の果ては何もかもそれなのだ。戦争と違って倒すべきものはない。 恐慌というより今となっては恐慌によって引き起こされた世界規模の飢饉が現状の原因であろう。 つまり飢えだ。 エーゴラは飢えの砦。人類の尊厳の砦ともいえる。 人間を食える状態に加工するのだ。見た目は冷蔵庫の棺。これが発表された時、人類は、とうとう来るべきところへ来たのだと思い、気力なく受け入れた。使わずに死んだ人間は少なくない。自分も使いたくは無い。しかしもとより人口に無理のある地域や採れる食料が多くない地域ではくちべらしで使う事もあったし、最初のうちは何処で使われたとか誰が使われたとかが報道されたり噂になって聞こえてきたが、人間一度慣れればそれまでである。 エーゴラがどうやって人間を加工するのはわからない。 骨を抜いたり身を潰したりして、缶詰めみたいにするのかな。 人間を口にするなら不動は死を選ぶが、どうしたって考えてしまう。エーゴラが世に出たとき強烈なバッシングを受けた科学者エバーは、初老の上品な女だった。白髪が綺麗にセットされていて青いスーツを着て、パールのイヤリング。そして言った。 「いずれ誰もが使う日が来る」 気狂いのスプラッタ好きには見えなかった。 その姿は覚悟を抱え、やむなしという毅然を放っていた。 エバーは4年前脳梗塞で死んだ。 自分が病に倒れても絶対に治療をするなという遺言は、今の世界で果てしなく人間らしく思えた。 「犬も蛇もないのか。しけてる」 不動はその日砂漠を越えてサボテンと肉を交換したいと商人に持ち掛けた。こんな世界でも商売が成立するのだから、不思議なものだ。 「犬なんてもうこの辺じゃあ贅沢だよ。あんたどっから来たんだ」 「日本」 「どおりで。蛇なら向こうで扱ってる。行ってみな」 七軒先の露天でサボテン4本と蛇2匹を交換する。 「蛇が欲しいなんて今さらだ。あんたさん、エーゴラは使ったことないのか」 「ふざけんなじじい」 「少数派だな」 蛇を店に並べていたおとなしそうな肩の細い老人も、人食い。不動はサボテンを1本取り上げた。たらふく食ってるなら慈善はしない。 蛇はその日のうちに2匹とも食った。それで1日の食事はおわりである。 『わたし不動になら食べられてもいいよ』 ここのところ不思議と10年前にわかれてそれきりの恋人のことばかり思い出す。 (俺もお前なら食えるよ) 体をつなぐことも無くわかれた清らかな恋人が今生きているとは思えなかった。 生きていくならいずれ不動もエーゴラの前に立つ。 その時のとほうもないむなしさを考えるだけで、くじけそうだった。 ← top → |