2012/04/18 Wed 16:33 ★ リハビリ用 ※ 意味なしリハビリ ※中途半端 「やっと端か……」 出られない建物に閉じ込められて4日目。この状況で不自由が無いのが何より不気味だ。情報や通信が断たれているわけではないが、どうしようもない。それが最も恐ろしいのだ。 「ねぇ、むだってわかった?」 簡素な扉が軽い音をたてて開く。不気味なものA。神出鬼没な子供。 「……たった4日で…」 吐き捨てるように呟くと、神出鬼没な子供は笑んだ。 「きがすまないってことだろ」 「諦めないってことだ」 「おなじ」 「全然違う」 晴矢は閉じ込められている。たぶん。今のところ、4日あがいて出れていない。ここが何処でどうなっているのか、どういう場所か判断はつかない。でも非常識で非現実的な場所である事は間違い無い。自分は一体何に巻き込まれたのだろう。 「…お前、どうやって移動してる?」 「ふつうに。あるいて」 神出鬼没で不気味な子供は晴矢がどんなに移動しても何処に居るのかわかっていて、音もなく現れまた音もなく去る。黒いハイネックのセーターとジーンズ。スポーツブランドのスニーカーをはいていて、晴矢が所望した物を持って現れる。 最初に遭遇したのは小声で空腹を訴えた直後。 『…あー腹減った……ダブルバーガー食いたい』 その約10分程後、ファーストフード店の袋を持ったこの子供が現れた。晴矢と歳はかわらないだろうが、あらゆる面で彼は幼く、異質であった。 『…あんた、今どっから…』 『とびら』 『あ?』 『みたでしょ。このうしろのとびらからここにきました。これはあなたがほしがったたべものです』 なめらかに腕を上昇させ、袋を差し出すと動きが止まった。晴矢が袋を受けとるまで、彼はその姿勢を崩さなかった。 『お前も出られない…とか、なんかここにいきなり居たとかじゃ…』 『ちがいます。わたしはいつだってでていけるし、はいってこれる。あなたがほしいものをとどけます』 ここは閑散とした工事現場みたいだ。同じ部屋が延々続く摩訶不思議な巨大空間。部屋といってもプレハブ小屋のような簡単な造りで窓は無い。真ん中にただひとつ吊るされている裸電球は部屋に入れば点き出れば消える。スイッチは無い。寒くも暑くも無いのだが、不思議と体が冷える気がした。部屋から部屋を渡り歩いても何が変わるということも無く、誰にも会えず外もおがめず地上か地下かもわからない。 「しょもうしたカラーテープとひっきぐ、スケッチブックとおかかのおにぎりです」 「言い忘れてた。時計と方位磁石と、あー…ポカリくれ」 「はい、わかったよ」 「…お前、話し方おかしいよな…ばらばらっつうか」 「とけいはデジタルのものですか?ぜんまいしき?」 子供は晴矢の言ったことには特に反応せず、質問を投げ掛けてくる。その数は毎回膨大で、始まれば長いしすべてに答えるまでとことんくるのだ。それが日に3回はある。 「日付と曜日が出るやつ。デジタルでいいや。あとさ、いっぱい入る鞄くれ。できればバックパック系」 「とけいはデジタルで、ひづけとようびがかくにんできるもの。かばん。ほかにはなにがいりようですか。じしゃくはなににつかうの?」 「…毎回だけどしつこいな…あのさ、お前どこまでできる?」 4日かけてわかった事はここがとてつもなく広く、唯一接触できる人間は少々変わり者で、果てしないということ。連なる部屋の『角』となる部屋を見つけたが、ここから色々と準備しなければならない。 子供は、現れる度に足掻く晴矢に『むだなのになぁ』と不思議そうな呟きを残して去っていく。この子供のあとをつけようが出口に辿り着けるとは到底思えない。 現実的に考えれば馬鹿馬鹿しい話なのだが、この子供が人間では無いと確信している。人間だったとしても、人間より少し高等な存在だろう。そんな感じ。 普段だったら思い付きもしないだろうしたぶん下らない発想だと一蹴する勘なのだが、この異常事態に陥り晴矢は自分のこういった感覚を一層大切に研ぎ澄ませていた。 「できる、とは?」 「答えられる事とか、出来る事とか、えーと…」 「わたしはなににだってこたえるし、できることはできる」 (つまり行動に制限は無いと?) 子供は危害は加えてこないし晴矢に従順に見える。晴矢をここに閉じ込めた個人または組織(陳腐なドラマみたいだけど)から、使われているのだろうという認識で居たのだが、もしかしたらこいつが晴矢を閉じ込めている張本人かもしれないわけだ。無害そうだが慎重に付き合ってきた。子供は非常に無垢に見える。 「…それが本当ならここが何処だとか、教えられるのか?」 「もちろんですね」 「じゃあ何処だよここ。なんなんだ」 映画やドラマではこういった事態になってこういう問いから答えが得られる事はまずない。問うてはいけない事さえある。 「はい。ここはよよぎのちかになります。はじっこまでいくとうみにでます」 「ハァ?代々木から海?」 「はい。とってもおおきいですよ。よよぎははじっこ。ちかのくうかんがすごくあまっていたので、イナリがつかっています」 子供が空想して嘘をついているようには見えない。それでも晴矢はでたらめだ、とため息をついて、子供に行けと命じた。 「はい。とけいとじしゃくとかばんとポカリ」 「あ、あとさ」 「はい」 「お前名前は」 「ありません。では」 やはり、人間では無いな。 晴矢はスケッチブックを開き、正方形を描くとその上に小さく代々木?とメモした。 「…目的とか、意味とか…」 訊いたら答えるのだろうか。知っているのだろうか。 (……“無駄”ってどういう意味なんだろう……) 子供は本当に出来る事はしてくれた。布団で寝たいという要望も風呂に入りたいという無謀も叶えてくれた。 この連なる部屋の地図もくれたし、試しに高価な物を頼んでみても渋る様子も無く届けに来た。 「ここってこの空間のはじっこだろ」 「そうだね」 「この部屋の壁壊したら、出られるか?」 「むりだね。かべはこわれない。シェルターだから。そしてでるところはない。そこはつちです」 「………」 晴矢の記憶が正しければ、ここに閉じ込められてから2週間になる。16日の放課後、バイトの時間まで間があったので家に一度帰ろうか、学校で仮眠でもとってから行こうか迷っていた…というのが地上での最後の記憶だった。 誘拐の常套手段である頭部の強打や薬品を嗅がせて眠らせる、というような経緯があったかわからない。迷った末、眠った際に…とも考えにくい。もちろん記憶が正しければの推測なのだがあの時の事はかなりはっきりと覚えている。 「……なぁ、どうやったら出られる?お前なら知ってるんだろ」 「とうぜんですね」 「どうすれば出られるんだ?なんで俺はこんな所に閉じ込められてるんだ?」 子供は珍しくちょっと考えるようなそぶりを見せた。やはり誘拐犯に関する事や脱出の意思をあからさまに口にしてはいけなかっただろうか。 「…やっぱりそれには答えれないか」 「……きみがここにはいったやりかたをしらないので、わたしにはきみがどうすればここからでられるかわからない」 「は…?」 「それからきみはだれにもとじこめられてはいない。きみはじぶんでここにきたのでは?」 晴矢はその晩眠れなかった。 子供はいつも正直だった。出来ない事は出来ないと言ったし、わからないことはわからないと答えた。 晴矢に敵意も無いようだし、嘘をついている様子もない。 もちろん勘だが、なにより彼は無垢だ。 「俺が自分でここに来たってことは無いと思う」 一晩考えて、子供に言った。やはり彼はきょとんとするだけで反論しない。 「こんな場所、存在を知らなかったし、学校からどうやって来るのかもわからないし」 「はぁ」 「ここ、出られないし、俺は誰かに閉じ込められたんだと思ってた」 「…きみはふしぎなことをおもいつくな…」 子供は何もわからないようだ。晴矢の想像は全く的を獲ていなかった。 「…で、お前はなんなの?」 「わたしはトウキョウ」 「は?」 「きみはもうちょっときたでうまれて、それでたまにはそとにでます」 「……俺を知ってるのか」 「とじこめられているとおもうのは、ふしぎだ」 晴矢は目の前の無垢な子供が急に神々しく思えてきた。真実味がどこにあるだろう。それでも嘘には聞こえない。 「…だって、お前、名前は無いって…」 「はい。でも、ないというよりひつようないですね。トウキョウというのもあだなのようなもの。わたしはイシのぐげんかだから」 晴矢はもう一度子供をじっくり観察した。癖毛の髪。細いからだ。ジーンズとセーター。白い肌。 「…わからん」 「きみにりかいできないじょうきょうということは、イナリのいたずらかもしれないですね。わたしはきみのイシをいつだってくむから、どうする」 「イナリ…?」 「わたしのともだちです」 晴矢は、試すような気持ちで、帰る、と呟いた。 連なる部屋と裸電球。綺麗な子供。謎のイナリ。 16日の放課後に晴矢は戻された。少し迷ってバイトに行った。 トウキョウならば、イシをくむならば、もう一度会いたいと言えば会えるだろうか。 代々木の地下の巨大空間が、どこの海に繋がっているのかを聞きそびれた。もう一度会ってそれを訊きたい。 ← top → |