2012/04/01 Sun 05:56

★ 屋敷



※ 軽ホラー


住宅街の真ん中にあるので怖いと感じた事は無かった。もとから恐怖ににぶい。だからそんな事で騒げる後輩たちが理解出来なかった。
「行ってみましょうよ」
「暇だな、お前たち」
「あ、ひどいなぁ。ロマンだってわかってます?」
「全然わからん」
「あとで写真見せますね」
恋人の佐久間が部室棟の前で待っていた。後輩たちが行くらしい肝試しの話をすると、佐久間の反応は俺よりさらに薄かった。
「暇だね」
「それ俺も言った」
「それよりさ、」
彼女がとっとと話を切り替えたのはくだらないと思ったというより頓挫させたように感じた。このての話題を怖がる子だっただろうか。小さな違和感を感じながらもさして続けたい話でも無かったため、彼女がふった話題に付き合った。翌日肝試しに出掛けた後輩の1人が学校を休んだ。

「梁からセメントのかたまりが落ちて来て、頭を怪我したんです」
休んだ後輩は昨日源田を誘った後輩とあのあと一緒に肝試しに行ったのだった。部活の間中主将やコーチ、監督に呼び出され説明を要求された。学校に話が通っているのに部活関係者に伝わっていないのはいつも不思議に思う。
「他は、目は無事なのか?縫わないといけないのか?」
中等部まで選手として活躍していた佐久間は高校入学と同時に引退。今はサッカー部のマネージャーをしてくれている。コーチよりも監督よりも佐久間は怪我をした後輩の身を按じていた。
「いや、大丈夫です先輩。後で全部話します」
「あっ、そうだな、ごめん」
練習中だと思い直して、拘束していた腕を離すと後輩は軽く会釈をして練習に戻って行った。俺が睨んでいるのに気付いたろうか。
「お前、どう言い訳してる?」
「近所で飼われてる猫が屋敷に入っていくのを見たからって…」
「小学生じゃあるまいし…」
「わかってますよ、おれだって。でもとっさにどう言っていいかわからなくて…
ていうか、恥ずかしいから蒸し返さないでください」
「知るかよ」
部活が終わると早速昨日の事を聞いたが、なんだか核心に触れないというか、話はとても曖昧に思えた。ただ彼が何か隠しているような気がして、それがどこか怯えのように見える。着替えを終える前、源田は佐久間に連絡を取る。なんだか心配だ。一緒な話を聞いてやろう。
彼は俺より佐久間になついている。
「だから、なんにも無かったし、管理されたきれいな屋敷でした」
「確か笹崎不動産」
「電話してみるか?」
「ちょっと、何が聞きたいんです?何が知りたいんですか!」
怒りますよ、と言い出す後輩の様子はやはりおかしかった。怯えは相変わらず垣間見える。そこには混乱と恐怖も同置されていた。幽霊屋敷の噂がある場所で何か心霊現象を体験したのではないか、という興味と心配ではなくて、この後輩の様子が変だという事だけがこの留置の理由だった。しかし彼は何も言いたくない、という態度を明らかにしつつ、何も無かったと言うばかりだ。
「辺見も呼ぶか」
「なんで?」
「あいつん家あの近くだろ。何か知ってるんじゃないか」
「あっ、だっ、だめです」
「成神?」
「だめです、おれ、怒られちゃう!」
制止が必死なので辺見への連絡はとりあえず保留にすたが、それを見た佐久間の表情がどうやら冷ややかだ。源田はひとまずそれには気付かない素振りで再び後輩に問いかけた。
「何があったんだ?」
「…何もありません」
「ここまで来てまだそんな事言い出すのか」
「あそこでは何もなかったんです。本当です。ただの屋敷で、怪我をしたのもあそこじゃないし、辺見先輩は行った事無いって。昔から行くなって言われてたって言ってたし、行ったら良くないって知ってるんです」
「なのに行ったんだ」
ぎょっとするほど冷えた声で佐久間が呟く。美人が睨む迫力は凄い。
「…すみません」
「笹崎不動産は実家に付き合いがあるから知ってる。源田、あの屋敷には入れない」
普段優しい佐久間が弱る後輩に辛い態度なので源田は変に焦るような気分になった。落ち着かない。しかしそれより、屋敷について知ってるのか。
「入れない…?
門に鍵がかかってるとか?」
「違う。門に鍵は無い。でも屋敷には扉が無い」
「えっ」
「窓から?」
「はい…」
後輩は観念したように肩を縮ませている。佐久間のため息に益々表情が暗く、沈む。慕う先輩に呆れられるのは辛かろう。ぎゅっ、と一文字になる唇が震えている。
「あそこは売家じゃないし、売地でもない。本当かは知らないが、中に悪いものを閉じ込めるためにドアを潰してしまったらしい。私も一度行った事がある」
「先輩も…?」
「私は庭をうろついただけ。その時は窓に背が届かなかったし気持ち悪くて入る気はしなかった」
「…そうだったんですか」
源田は恋人の意外な面に感心していた。好奇心が強いとは思っていたが、1人で幽霊屋敷をうろつく子供の度胸というのは大層な事だ。しかし引っ掛かりもある。噂だけでそこまで深刻にする事だとは思えない。このただならぬ態度を取る程の理由にはならない気がする。
「成神、あそこでは人が死んでる。それを教えればよかったな」
「え………」
「佐久間、やっぱりお前何か」
「調べたんだ」
佐久間は腕を組んでため息をついた。肝試しに行くらしい、と話した時の彼女の態度の違和感が、ここではっきりした。何か知っていて、話したくないのだ。
「あいつの怪我は事故じゃないだろ」
「…はい…」
「そうなのか?」
「屋敷の二階で転びました」
「…それは事故じゃないのか」
「梁から……」
「………」
それきり後輩は黙ってしまった。そして何を訊いてももう答えず、気持ちが悪い、頭が痛い、帰る、帰ると繰り返すので、彼を送って帰る事にした。その道中佐久間が唐突に告白する。
「私は小さい頃霊が見えた」
「…嘘ォ」
おどけた反応にも佐久間は一切真面目だった。
「今は見えない。チャンネルがかわったみたいに、あの頃とは別の世界に見える」
「別の世界って…」
「あの頃はいつも透き通った膜のような物にくるまれたような…」
「…初耳だ」
「あの屋敷がきっかけだった。見えなくなったのはあの時からだ」
急に恋人が恐ろしくなった。今までそんな話を聞いたことが無かった事がそれに信憑性を持たせていた。
「こわ…」
「私も」
「見える人も怖いものなのか?」
「私には怖いものしか見えなかったから」
自分の固唾を飲む喉のうごめきにどきりとする。学校から佐久間の家に行くにはあの屋敷の裏を通るのが一番早い道のりとなる。確かそこを避け線路沿いを迂回するように彼女は登下校をしているが、それは駅を利用する友人や部活の仲間が居るために目立った行動では無かった。でも、もしあの屋敷が理由ならば。
「まだ感じたりはするのか」
「する。怖いものだけ」
「それで、例の屋敷は怖いのか」
「怖い。放火でもくらって消えればいいのに」
あまり激しい発言の無い彼女から珍しい言葉が次いで出てくる。言い方は静かだが恐れにも嫌悪にも聞こえる。聞いていいものか迷った。
「人が死んでるって…」
「冷やかしで、肝試しに入った大学生と、大方冒険感覚で入ったんだろう、小学生。あと自殺で数人」
「………」
「知らなかっただろ。本当はみんなあの屋敷の中だけど少し離れた場所で報道されたからな」
「…そうなんだ」
「ちなみに亡くなった小学生は、私たちの同級生にあたる」
源田は恐ろしくなって思わず佐久間の手を握った。実のところ佐久間も恐ろしく思えたが、すがる気分だったのか、咄嗟の事だ。佐久間の手はあたたかく、指を絡めると格段に落ち着けた。
「怖い?」
「まぁ、ちょっと…」
「私は多分ラッキーだった。私が彼らを見えていると彼らは気付かなかったから、助けを求められたり、襲われた事は無かったんだ」
「へぇ…」
「あの屋敷には道端で死んでた鳥を埋めようと思って行ったの。空き家だったから、庭の隅に埋めさせてもらおうって」
佐久間は小さく首を振った。
「やめておけばよかった…」
「何があったんだよ」
「怖いもの」
「………」

佐久間は一律して、そこらを浮遊していたらしい幽霊も屋敷で見た何かも“怖いもの”としか言わなかった。翌日後輩に聞いても明確な表現はされなかった。
「よくないものですよ」
「“怖いもの”?」
「怖いものです。怖くてよくないもの。先輩、来なくて良かったですよ」
お墨付き の“怖いもの”にははじめ本当に漠然としたとらえにくい恐怖を感じていた。しかしあまりにその答がはっきりとしないので、あろうことか恐怖が興味にすりかわり、佐久間に屋敷の話をせがんだり、怪我から復帰したばかりの後輩にまで何があったのか聞き出そうとした。
「源田、やめてくれよ」
「じゃあなんなのか教えてくれよ。中途半端に聞いてしまったから気になって仕方ないんだ」
「気になるなんて……」
「なんだよ?」
「おかしい……以前は普通に不気味に思っていたはず」

恐ろしい事に整然と並んだそれの右上に座する、一際神経を使わなければならないS。それがこの後に続く文を全て無に帰したのだ。
わかるかな。わかっていただけるかな。私は悲しい。しかしどうせ飽きて途中でやめてたからもーどーでもいいやーパッパラパー\(^o^)/



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