2012/02/20 Mon 14:38 ★ 単発連載《 箱 》G ※ リハビリ用 隠れていつも薬を飲んでいた。動物と花の柄がついた可愛らしい薬箱から取り出されるのは3つの錠剤2つの漢方。そして不動のためのピル。 口がさみしいと思うとタバコが妙に恋しかった。 依存というものは気付かないでしているものだ。それがただの乾燥した毒の葉っぱへのものなのだからやはりバカらしい。 次子の部屋のポストに入れたあれ以来、一本も吸っていない。一方的だがあれが次子との約束に思えた。 『サッカーやるんでしょ。 肺が弱るよ、あっちゃん』 体が弱いから、と言って、あの部屋にただ1人で居る次子。それ以上の事は知らなかった。 毎晩走るランニングコースの堤防から、下ってすぐそこが駐車場になっている団地がある。同じ敷地に後から建てられた小綺麗なマンションのベランダに、次子は居た。 綺麗だった。 堤防を走り抜ける間、ずっと見つめて過ぎていく。毎日居る。本当は最初、幽霊やなんかの類いだと思った。ぎょっとしてよくよく見たら、白髪だし、これは白髪の婆さんの幽霊でも見たかと思ってもう一度驚く。婆さんなもんか。すごい美人だ。 堤防の高さより幾分か上の階に立つ女の子。彼女はとにかく月を見ていた。月や星や、雲なんかをひたすら見ていた。 2ヶ月堤防から見詰め続けて、ある夜立ち止まる。 会いたいと思った。 階数を数えて、翌日の放課後に訪ねた。憎き家政婦のババアが出てきて、けたたましい文句と共に追い払われる。その日の夜も次子はベランダに立っていた。 吸い込まれるように堤防を下った。 ドアは無用心にも開いていた。スニーカーを脱いで、彼女を探す。部屋は暗く、小さな間接照明だけがぽつりぽつりと点在していた。 物の少ない広い部屋。その奥の椅子1つしかない部屋からベランダに出られるようになっている。レースのカーテンがはためいていて、向こうには人影。 『…どろぼう?』 『…下から見えた』 声も掛けずベランダに出て、隣に立っても彼女は一切驚かない。 『あなた知ってる』 毎晩堤防を走る俺の事を見ていたらしい。近くで見ても幽霊に見えた。体が透けて消えそうだと思った。 『変な奴だと思うかもしれないけど、会いたかった』 『…じゃあどろぼうじゃないね。友達になれる?』 勾留55日目。 なにはともあれ飯がまずい。そろそろファーストフードが恋しくなってきた。 あと女。てゆーか次子。ちくしょー抱きてえー。 「面会だぞ」 「…またかよ…」 そろそろ出席日数がヤバい。特待生だからかなり大目に見てもらえるが、有罪判決になったらまず間違いなく退学だろうし…なんだろうな、このどっかの知らない他人に全部委ねなきゃなんない状況。気持ち悪いったらないけど仕方ないか。黙秘権なんか作ったやつ、馬鹿だぜ。 「あっちゃん…」 「…!」 面会室に入っても不動は顔を上げなかった。どうせまた鬼道が神経を逆撫でする悪趣味な時間が到来するのだと決め込んでいたからだ。 「次子…!」 素早くガラスに駆け寄るとまじまじ姿を見る。確かだ。 「どうして……」 「どうしてって……」 座りなさいと声が掛けられてガラスに面する椅子に座る。粗末な古いパイプ椅子は相変わらず尻に痛い。 「…誰を庇ってるの」 「えっ……」 「……」 「……」 次子の表情は終始憂いを含んでいて、久しぶりに会えたというのに少しも笑ってくれないのがどうにも心苦しい気分になる。 「庇ってなんか」 「知ってるんだよ、私」 「………」 「だってあの時あっちゃん堤防に居たじゃない。あそこから裁判所まで、30分はかかるのに」 「……そんな事言うために来たのか。俺は」 決意を変えるつもりはなかった。その邪魔をするなら次子といえど邪魔だった。睨み付けて怒鳴れば帰る。そう思って叫べど次子は落ち着いたものだった。 「…誰を庇ってるの」 「ハァ、ハァ、…うるせぇ」 「友達?」 「……」 「恋人?」 「ちげぇよ!」 「大事なんだね」 「………」 沈黙が流れて、次子がガラスに手をつけた。細長い指と手首が綺麗だ。その手に重ねるようにして、不動もガラスに手をかける。 「ばかだね…」 「うるせぇ」 「…大好き」 「えっ…」 「帰る」 絶句している間に次子は立ち上がり退室した。 その42時間後に、不動は留置所を出された。 ← top → |