2012/02/13 Mon 08:55 ★ 単発連載《 箱 》E ※ リハビリ用 鍵を開けようとしたが、回らない。がきん。がきん。 何か詰まってる?わけでもなさそうだし、鍵が入るけど回らないって事は、鍵が違うか、錠を変えられたかだ。 (なんでだ) ピンポーン。今時無いような間抜けた音だ。あいつが外出するわけないから、居留守を使っているんだろう。こんな事は前にも何回かあった。さすがに錠を変えられたのは初めてだけど、家政婦のババアの仕業もあり得る。 「次子ぉー」 だんだんだん。戸を叩く。 「次子ぉー」 ピンポーン。ピンポーン。 あいつ、ケータイ持ってねぇからな。この部屋電話無いし。どうすっかね。 「………」 不動はゆっくり鍵を引き抜くと、その形状を眺めながら考えた。 そもそもこの鍵さえも勝手に持ち出したものだ。返してと何回も言われてるし、俺がここに通うのも、あいつには意味がわからないようだし。 インターホンを何回押しても手が痛くなるほどノックしても、次子は開けてくれなかった。その代わりに声が聞こえた。泣いてるんだろう。ちくしょう開けろ。俺の前で泣けばいいのに。 窓から入ってやろうかとも考えたけど、高層マンション相手に無謀な話だ。 2時間粘って、不動は去った。 (また来よう) 階段を下りながら、何度も思う。また来よう。 マンションの敷地の遊歩道を歩きながら、何度も次子の窓を見上げた。 (明日…いや明後日…) 毎日来たら、嫌がるかな。迷惑かな。嫌われるかな。 (つーか既に嫌われてんのか?) 嫌だなー次子に嫌われんのは嫌だ…こたえるそれ…へこむー… 「はー」 「お前最近ため息多いな」 「悩みが増殖していく…」 「ははっ」 鬼道には次子の事を話した。 脅されて仕方なくだが、写真も見せず容姿の情報もあげなかった。ただ奇妙な出会いで知り合い、惹かれ、非常に微妙な関係で居る女の子だと。名前も言わない。ただ、自分が彼女をそれはもう気に入っている事は間違いないとだけ伝えた。 そしてお前が握りつぶしそうにして持っているその箱は、彼女にあげるプレゼントだと。 『俺だってなにも鬼じゃあないんだ。さすがに握り潰しやしないさ。 そんなに睨むな、悪かったよ』 多少包装紙にシワが寄ったが持ち歩いている際についた物だろうと自分を諫めた。 「閉め出された理由の心当たりはないのか」 「心当たりしか無いな。嫌われてた可能性も高い」 落ち込んでいる人間を前にここまで笑うのもこいつぐらいのもんだろう。 不動は高々笑う鬼道を睨むと携帯電話をポケットにつめて席を立った。 「ん?授業始まるぞ」 「たりぃ。寝てくる」 「お前きっとダブるだろうなぁ…」 気の毒そうに言ったつもりだろう。内心笑ってるのはわかってる。 屋上でタバコをふかしながら、やっぱり次子の事を考えた。最後に会った時の事から、最初に会った時の事までもをできる限り思い出してみた。 現状の原因を探るべく。 しかし思い出せば思い出すほどなにもかもが良くなかったように思えて酷く憂鬱な気分になる。 (静かな女だったんだなぁ…) 物静かな女と付き合った経験もあった。しかし次子ほど気性が穏やかでは無かった。次子からは明るく快活な印象を受けるが口煩いような面は無かった。 女は男を操作できると思っている。 それは不動の持論だが、あながち間違っては居ないと思ってきたことだ。どんな女からもふと飛び出す“母親”の声が不動にはいつも我慢ならなかった。 それで、止めてみるか、と思い立つ。 (なにが変わるってわけでもねぇけど) 不動は胸ポケットからタバコの箱を取り出すと、本数を数えて蓋を閉じた。今日も次子に会いに行こう。 これが最後の一本。フィルターのぎりぎりまで吸って、吸殻は屋上から下へ投げ捨てた。 彼女が唯一主張した“イヤ”を、不動は無視し続けていた。 『あっちゃん』 『たばこイヤ』 『たばこダメ』 『たばこはやめた方がいいよ』 『あっちゃん、』 『もう来ちゃだめだよ』 『もう開けちゃだめだよ』 『だめだよ』 『あっちゃん…』 理由もきき出さなかったな… タバコの箱は蓋をガムテープで貼り付けると、マジックで大きく「禁煙」と書き、次子の部屋のポストに入れた。 また来る、と言いかけて、結局何も言えずに帰る。 意気地がねぇのが悪ぃのよ。 好きだって一度でも言えてれば、泣かせる事も無かったのか。 (うぬぼれだ) 不動は思わず自嘲した。 (俺はうぬぼれていて意気地も無くて、女にもだらしないそういう奴だ) もう辺りも暗いというのに次子の窓には灯りが無かった。 元気かな。大丈夫かな。 「叫べば……」 長い階段を降りて弾んだ息は白かった。 叫べばあの窓にも届くかな。 好きだ!会いたい!開けてくれ! 届いても信じてもらえるかな。 『あっちゃん、彼女居るんでしょ』 ああああどーすりゃいいんだよおお 徐々につまんなくなってきましたね ← top → |