急いで軽く走りながら貴女の家迄、4月とはいえ未だ夜は冷え込み、風がある為に若干寒い。
雨上がりの道は軽く湿った空気に包まれていて、でも梅雨の様なじめじめとした嫌気はなく、案外良いものだ。
何より着いて吃驚するのは、家の中にいる様に伝えたのに、門の前で立ち尽くして貴女がいた事。



「日向君……、ごめんなさい。真夜中ですのに私…。間違って掛けてしまって…その、…ぇ…と…」

「良いですよ。つか、先輩の方こそ大丈夫なんですか?いや、呼び出したオレも悪いんだけどな」

「大丈夫です。私の家……誰もいませんから」

「え?!ぁ−…うん。少し歩きましょうか」

「はいっ」


やっぱりあの瞳だ。
俺はちらちら隣を視線だけで追いながら、慣れた歩幅で歩く。
貴女の歩幅は小さい、俺と比べれば俺の一歩とは違いがあり過ぎる。
ちょい待ち、コレ着てて下さい、寒いんで。
不意に自分のパーカを肩に掛てやる。
しっかり普段着なのだが、そのワンピースは薄いだろ、微妙に震えてるし。
暖かい…そう呟いた貴女の顔は僅かだがさっきより綻んでいる様だ。
何だが、如何やら俺は重症らしい。
今日…もう12時過ぎたから昨日だが、あの苛々が貴女がいる今の状況だけで許せてい
る。

ん?許すって何もされてねーじゃん。

そう思うがあの裾を摘むのは許せなかったのだ。
俺以外に許されていない筈。
いや、でも恋人でも何でもない訳だから、そんな考えは可笑しい訳で…。

ねぇ、日向君は"ただいま"って言いますか?

そんな急に言われた。
考え事しながら…まぁ、貴女の事だけれど吃驚してしまったのは事実で、え?あぁ、帰ってきたら言うかな。
そう答えれば歩き着いた場所は小さな公園で、ベンチに座り込んだ。
貴女がいつもの様にくぃっと裾を掴んで来るもんだから、顔を覗き込むと…今にも泣きそうだ。

私ね、母も父もとても忙しい人で家にいない時が多いんです。
長女は中学から寮生活で、活発な性格ですから自宅でちっともじっとしていなくて。
友人宅に長い休みも行ってたり。
次女はとってもとっても大人しくておしとやかで内気だったから、両親はそんな姉を気にして小学生の時に山村留学に出しましたの。
そうしたらね、その留学先のお宅の息子さんに恋したらしくて、今じゃお互いの両親共
々認める婚約者同士。お相手の方は漫画家さんで、不規則になりがちな食事とかが気になってしまうらしくて殆どその方のマンションに行ってらして…。
ちょっとロマンチックでしょう?
奇跡に近いわよね。
だから、私は今ほぼ一人暮し状態なんです。
小学4年迄は大好きな祖母がずっといてくれたけれど、6年の時に他界してしまって…。
如何してかしら。テストでも、華道の作品展でも、満点や入賞すると真っ先に家に帰っていた。
幼い時には母達も笑顔で頑張ったね、って…でも、私はそれを待っていたんでしょうね。何か言ってくれるのを…だって、それが当たり前になった時点でなくなったんだもの。
両親達から言わせてみれば、この子は出来て当たり前って。
我儘なんて知らないわ、抱き締められた事も物心付いた頃からないし、泣いたのは…いつ
かしら。
笑ったのも…覚えていない。
それ位、誰もあの家にはいない。


「私のただいまに、帰って来るお帰りは…ないのよ」



ああ、ほら、まただ。
あの瞳、諦めた様な黒い瞳で笑う。
昼間あんなに皆に優しく笑うのに、放課後の帰り道はいっつも切ない顔。
成程な、誰もいないって、だからいつか当たり前なって離れてしまうんだって言う訳だ。
だったらのらりくらりと当たり障りなく、至って着かず離れずで、そうすれば自分が寂しい思いをせずに済む。

…ん?ちょい待ち、寂しい思いって何だろう。

放課後部員達と帰ろうとするのは、俺と一緒に帰るのは、何か頼まれて絶対に断らないのは…?



「寂しいって言っても…もうそろそろ、許されないかなぁ」


身体は勝手に動くものだ。
しっかり抱き締めるのは初めてで、その細さと小ささに驚いた、吃驚だ。
俺の腕にすっぽり入る身体は震えてて、とうとう泣き出した。

もう嫌だ、
寂しいの、
誰もいないの、
ただいまって言っても誰もいないわ、
お帰りなさいって言ってくれる人なんていないの、
嫌、嫌なの、寂しい……。

届く悲痛な声は鳴咽混じりでイタイ。
きっと、何を言ってもこのイタミには俺は言葉で届きそうになかった。
ゆっくり引き離すと、濡れた塩味の口唇に自分の口唇を押し当てていた。
啄む様に、後頭部に掌を宛がい、抱き寄せて左右に角度を変える。
うっすら開いた瞬間、舌先を挿し込んだ。
歯列をなぞり熱い舌を見付けると絡む俺の舌、吸い付く度に絡まるのは唾液もで、ちゅくちゅくと水音が響く。呼吸がままならない貴女に酸素を含ませるが、また直ぐに重ねる口唇。
分泌される唾液は最早媚薬同様で、貴女のを貪る度に甘い吐息が上がる。

トロ…り、

放した途端液体は糸を引き、俺は自分の口唇に舌なめずり。
貴女の普段はヘアピンで留められている前髪を払い、額に口唇を宛がい、鼻先、頬、耳
たぶ、そしてまた口唇。
くしゃ、髪を撫でて挿し込ませた指先で乱すと身じろぎ、そのまま口唇を首筋に下ろした。
ちゅ、ちゅっと軽く吸い付き、ぴちゃりと舌でなぞる。



「っ、ァ…ん…」

「先輩、」

「ひ、ぅ…が君…ぁ…ン…はぁ、っ」

「先輩、せんぱい」

「日向く、ん…っふ…ン」

「オレ、好きですよ。先輩」


鎖骨までだ。
髪を乱すして何度も舌先でなぞるだけ。
甘い吐息混じりの声、のけ反る白い咽喉、いつの間か回された腕、俺を呼ぶ掠れた声に
持って行かれそうになる。
俺がいるよ。
貴女が欲しいんだ。他の奴に笑う位なら嫌われれば良い、俺だけが笑い掛ける対象になれば良いんだ、カントクにも渡したくない。
貴女を。



「好きだ」



言わずには、いられなくなってしまったんだ。
こんな切ない甘い声で呼ばれれば。






Kiss









(桜が終わる今日、)
(俺と貴女の関係も終わる)
(曖昧なKissより確実を)


(好きなんだ、貴女が)





fin…xxx
2009/04/10:UP



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