アメあと

※成人設定


携帯電話という電子通信機器は、電源を落とすと先ず意味のない玩具な訳であり…。
そんな機械で俺は、さっきから長々しい文章で、君にありったけの慰めの言葉を綴る。
けれども、きっと君には届かなくて、俺は玉砕するんだろーなと苦笑いを零した。


何せ、相手が。


此処で勘違いしないで頂きたいのは、"付き合っているから"ではない。
いや、それ以前に俺の気持ちを表明しなくちゃかな。


ぶっちゃけ、お名前が好きです-----。


表明したところで話を戻すのだが、君が黄瀬と付き合ってるのか否か、と問われれば断じてその様な事はない。
一切、ない。

言い切れるのは、黄瀬の事は好きらしい。
好きらしい、が…それは単なるファンとしてらしく。
断言したのは君で、恋愛感情なんて一切ないのだそうだ。


けれども、怯んでしまう俺は…情けないのだろうか。




「まさか…未だ探してるんじゃ-----」




下手に理論立てて、自分の心境を語ってみていた俺だったが、送られてた一通のメールを読み返しながら不安が襲う。
何でも、とても大切なネックレスを、公園で友人と談笑していた最中に落としてしまったらしいのだ。
泣き顔やうなだれる絵文字が彩るメール。
最終は夕方に来たのだが、今確認すると夜9時を過ぎている。







まさか…
いや、お名前だしな







俺は立ち上がると(今迄ベッドに座り込んでいたのだ)、窓際に体を向かわせる。
ツィとカーテンを指先で僅かにずらすと、外を覗いた。
今日は夕方6時位から土砂降りなのだ。
大雨洪水警報が発令されている程。
注意報ではなく、更に段階が上の警報。




「電話…掛けてみた方が早いか?」




数回コール音が耳に届くと、案の定…耳に聞こえるのは盛大な音。
叩き付ける様な音だ。


一瞬で、この滝の様に降る雨なのだと悟った。




「お名前?ちょ、ぇ、今何処にいんの」


「森山君?ぁ〜…うん、大丈夫ですわよ」


「質問の答えになってないよ、お名前。もしかして、未だ探してんの?この土砂降りの中」


「まぁ…。だって、とても大切な物なんですもの!失くしただなんて思いたくないんですの…」


「ぁ〜…ね。うん、分かった!俺、そこに来るから。動かずに待ってろよ?」


「?!だ、大丈夫ですッ。自分で探しますし!!」


「良いから待ってて」




強引に言い付けると、俺は携帯を一方的に切る。
雨が降れば、まだうっすらと肌寒いと思い、適当にベッド縁に掛けていた上着を羽織り、財布に車のキー。
携帯もポケットに無造作に突っ込み、家電は留守番設定。
スポーツタオルを3枚程掴むと、傘を掴み、車庫へと向かう…。








暗闇を引き裂く様に走らせ、目的地に着く迄に何とか落ち着きを取り戻す。
この暗闇の中、雨に打たれてひたすら探しているのだとしたら…酷く痛々しい。
その姿を想像するだけで、君に惚れている自分には拷問以外の何物でもない…。







「本当にいるし…。有り得ないだろ」






小さく溜息を吐く俺の視線の先。
小さな背中、立ち尽くす君が細い腕を組み、ジッ…と遠くを見定める様に。
大判の傘の下、本当は走って君にタオルを手渡す事が先決にも関わらず、俺は同じ様に立ちすくんでしまっていた。


俺はきっと、寂しいんだ。
君からのSOSが届かず、実際は俺自身が必死に君にSOSを送り続けている事に気付いた。
柄を握る指先に力が篭り、口唇が名前の頭文字を形作る。
うなだれる様に頭を下げた君が、俺に気付いたのは…その瞬間。






「……森山君、」





激しい雨の、濁る音に透き通る君の声音。
俺は吸い寄される様に向かってる。
僅か距離が1メートルしない感覚の君に、苦笑を浮かべ傘を手渡すと、目を見開いて驚いている。
取り敢えず、屋根があるベンチに誘い込み、傘を畳み込むと盛大に溜息を吐いた。






「びしょ濡れじゃん」


「濡れるのは別に……。ただ、やっぱり見付からなくて…。無理、なのかしら」


「暗いからな。お名前、風邪引くから。ほら、タオル」


「ゎ……。有難うございます、森山君」





前髪から水が零れてるし…




良く見れば、ピッタリと肌に洋服が張り付き、既に雨と一体化。
黒髪も張り付き、前髪からは滴が伝い、頬に筋を描くんだ。




ドクン…



ドクン…




見上げられた瞳が鈍く光り、鼓動が大きく波打った。
奥歯を噛むと、視線を剥がすのに必死で仕方ない。


その姿が余りに妖悦で、呼吸と雨音の二種類の音しかない世界では、君の呼吸の方が勝る。
俺は一行に髪を拭かない君を見兼ね、腕を伸ばした。
その腕を制し、やんわりと拒否る君が…。






「大丈夫」


「……その恰好じゃ、車も厳しいな。そうだな…あ、俺の上着貸すからさ。洋服全部脱いで


「……脱ぎますの?」


ぁ、いや、その…。俺、後ろ向いておくし!濡れたままだと風邪引くだろ!?」





しどろもどろで説明すれば、仕方ない様に笑う君は躊躇いなく上着の釦に指先を掛ける。
俺は大人しく背中を君に向けると、タオルを入れていたビニール袋を手渡した。
全ての衣類を取っ払った君は、僕から上着を受け取ると羽織り、ファスナーがきっちりと閉められる音が耳に届く。





「もう、良い?お名前」


「えぇ。大丈夫。ですが、森山君が寒くないです?大丈夫?」


「俺は男だしね。車の中に未だタオルあるから。ちゃんと髪も拭いた方が良いぜ」


「ん……」





車内に乗り込み、新しいタオルで髪の水気を取る。
余りの静寂に耐え兼ね、BGMを流す俺に、小さく声を漏らす…。
大好きだという黄瀬のソロ曲。
最近CDデビューまで果たし、芸能活動も本格的になってきた。
綻ぶ顔に安堵を漏らす自分だが、そんな顔が自分に向けられる筈もなく…胸が軋んだ。


だったら流さなければ良いのだが、君を喜ばせる術を単数でしか知らない俺には、これが精一杯。
横から手を出し、動かなくなった君の代わりに、俺が水分を吸収する。
すると小さく、小さく…




届く声-----。









「何で謝るの?お名前。俺、マジで怒ってもいないし。迷惑だなんて感じてないよ」


「うん。森山君が、私に対してそんな事思っていないのは…ちゃんと知ってますから」


「じゃあ、何で?」









「森山君、下さったわよね?私に。それ…とても大切にしてましたの。大切だからこそ、大切で大事な人と会う時にしか身に付けないって…自分で勝手に決めましたの。

今日はね、久し振りに大切な友人が帰って来てまして……」


「下さったって…。あぁ!二十歳のお祝いのアレ?」










胸元に掌を宛がえば、君が切なく俺に向ける言葉。
二十歳のお祝いにと、わざわざその日の夜に、君に渡したんだ。
その時の顔は今でも鮮明だ。
綺麗に三日月を作る口唇、細められた瞳に、ほんのりと色付いた頬。
甘い声音で俺に御礼を述べては、指先に鎖を絡めて喜んでくれた姿。










「まさか、そのネックレスを探してて……?」








コク、ン-----











小さく頷く君は、裾を握り締めると俯いたまま…滴を零す。
鳴咽が漏れ始めると、何度も、何度も謝り、震えてしまう細い肩。
静かに流れる音楽を、いつの間にか俺の指先は停めていて…君に伸びた。
既に氷の様に冷え切った君の頬を撫でては、クィっと顎を持ち上げていた。
引っ切り無しに溢れる涙の元を生む目尻を指先で払い、「ごめん」と呟くと…






接吻(クチヅケ)けてしまった-----。








合わさる柔らかさに、熱を見出だす為に舌先で割って入る。
歯列をなぞれば、生暖かい君の舌先が見付かり、クチュリと絡めた。
ゆるゆると左右になぶり、小さく吸い上げれば俺の胸元に添えられた掌。




ちゅく、チュ…





「っ、ン…ふ、ぁ…ん」









強引に吸い込み、貪る俺は唾液を君に送り込む。
俺の一部を明け渡す如く。
濡れた髪が俺の頬に張り付き、君は未だ冷たいんだと実感した。










「っ、はぁ…………」









一つ、深く吐息を漏らすと、解放された君は肩で呼吸を繰り返し、トロリとした瞳で虚ろに俺を映す。
車体を打ち付ける雨音だけが、酷く耳をざわつかせ…俺は嫌でも冷静さを取り戻してしまう。









「森山、く


「ごめんッッ-----!!」


ぇ、………?」




「キスなんて……。本当、ごめん…」










君から顔を背け、ハンドルにうなだれる。
馬鹿だった、と、自分を罵りやる瀬ない。
気持ちは決まっている。
だが、伝えるつもりは更々なかった。
最近では、如何にかやって自然に黄瀬と出逢わせてやろうと目論んでいた筈だ。
そして結ばれる様に仕向けよう考えていた。


それが君を笑顔にする最前線だと思っていたからだ。


確かに好きだ。
愛してしまい、如何仕様もない。
だからこそ、自分よりも想う相手と近付けさせ、もっと違う顔を見たかった。




それにも関わらず、自分で




壊した-----。











「お名前、さっきの事は忘れてよ。俺、そんなつもりは一つもなくってさ…。ただ、お名前が


「嬉しかった……。そう言ったら、森山君、困りますか…?」


ぇ………今、何て言った…」




「私、いつだったかも言ったわ。黄瀬サンは純粋にファンとして好きなだけですよ?でも、森山君、私が恋愛目線で黄瀬サンを好きだと勘違いなさってるから…。


私が好きなのは、森山君…。如何しても一緒にいたいのは、貴方なんですよ」









俺の掌を掴むと、ぎゅうっと胸元で握り締める。
口唇だけで「大好き」と俺に微笑みを向ければ、ゆっくりともう一度瞳を暝る君。


ドキドキした。


俺はただ、その感情だけで一度瞳を閉じた。
そして再度開いた時には、気持ちが清々しい程に、一つで固まっている様だった。





好きだよ、お名前-----。









「俺で、良いの?」


「森山君でなければ嫌」


「自惚れるよ?お名前」


「ずっと否定して来たんでしょう?だったら良いじゃないですか。少し位、"俺はお名前に好かれてるんだ"って思っても。私だって、その倍に自惚れてるんだもの」


「黄瀬を紹介なんて絶対してやらないかもよ?」


「紹介だなんて要らないわ。森山君だけで良いもの…」


「悪い。拗ねないでよ、お名前?」


「じゃあ、付き合って下さる?」


「何で先に言うかな」


「私だって我慢してましたもの……」


「あんまり、はまらせないでくよ?お名前」









互いに笑うと俺はもう一度キスをする。
擽ったそうに身をよじり、耳元で「大好き」だと囁く君に、どうやら俺はまた一つ、深く君に溺れそうだ。







fin…xxx
2012/07/12:UP
2012:梅雨前線より夢を籠めて


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