溢れる透明な液体は二人に共通するものだが、その透明に自分だけが醜いモノを潜ませているいるような気がするんだ。




さて、如何仕様か。


俺は風呂から上がると珈琲メーカーから珈琲をマグカップに注ぎ、リビングのソファーに近付いた。
いつもならば上がって来るとお前が態々その場で豆を挽き、淹れてくれる珈琲だが、自分がしても余り美味しくは淹れる事が出来ない為に、珈琲メーカーに頼った。
実は面倒だったからというのが本音だ。


何故自分で淹れる羽目になったかと言えば、お前が珍しく転た寝をしている状況だからだ。
何やら読み込んでいると、眠って仕舞ったらしい。
座り込んだままで、自分の肩に寄り掛かるようにしているので、きっと後で首に鈍痛が走るだろう。


その痛みは結構あるぞ。
俺は隣に座り込み、珈琲を一口飲むとお前の肩に手を掛ける。
あの一件以来、触れる機会が増えた。

我慢は出来ないものだな。
苦笑しては肩を揺するが、一向に起きる気配がない。
きっと薬のせいもあるのだろう。
精神系統の薬は眠気を誘う事もあるようだ。


「お名前…」


身体を抱くようにして横たわらせると、頭は俺の太股。
サラサラな髪に指を通し、何度も梳いては指から落ちる。
頬に今度は宛がって、口唇に目が行ってしまう。


「ヤバイな。これ、案外クるぞ」


ふにふに。
ふにゃり。


指で押しては押し戻される弾力。
指の腹で撫でて、なぞって、押してみて。
嗚呼、ヤバイ。


「お名前…」


キスしたい。
だが、流石にこの体制はキツイ。
キスしたい欲求に襲われ、更に俺を善からぬ事が脳を支配する。


指先で軽くお前の口唇を開き、白い歯がちらりと顔を覗かせて俺の目に映る。
俺の口、口腔はお前目に映すと唾液を分泌し始めて、ある程度の量が溜まった。

俺で一杯にしたい。

小さくも開かせた口。
俺は口を開き舌先を僅かに出せば、それを伝うのは唾液だ。


たらり、たらり。
たら、り…。


伝い、俺の分泌した唾液は透明でいて、重力に勝てずに落下する。
トロリ、とお前の口の中へ…入って仕舞った。
何だ、この背中を走るぞくぞくした感覚は。

何度も同じ行為を繰り返す内に、不意にお前の咽喉がこくん、と動いた。

俺の唾がお名前に。

キスも触れるだけの素っ気ない物しか未だしていないのに、こんなマニアックな…。
だが、興奮は冷めやら無い。
ディープキスよりも支配欲が強いのではなかろうか。


「お名前、」

「ん、ぅ……烏間、さ…」

「風邪引くぞ。まぁ、もう少しこのままでも良いがな」

「ごめんなさい…私…っ!やだ、私、みっともないっ」

急には起き上がれはしないのだろう。
だが、ふと手で触れた口唇付近。
濡れていた為に、お前は慌てて拭おうとするので、その腕を掴んだ。
自分が寝ている間に涎を垂らして仕舞ったと恥ずかしさを隠せずにいるようだ。


「違う」

「…烏間さん?」

「それは俺のだ」

「…………ぇ?」

「口を開けろ、お名前」


意味が解らず、お前は言われる通りに薄く口を開いた。
戸惑い、急に瞼を閉ざすお前。
そっと頬を撫で、目を開けろと言えば、恐々と両目を開け、口唇は言われた通りに開いたまま。
俺の顔がお前の視界の隅から炭を奪っている。
俺だけ見えていれば良い、こうやって。


たら、…り。
たら、タラリ…。


まるで蜘蛛の糸のようだ。
透明でいて、粘りを伴い、光に反射してキラリと光る。
だが、そこに渦巻くものは熱情。
この唾液は、決して救う為のものではなく、墜とすものだ。


お前の開いた口に入り込み、ぷつりと途切れれば、お前の瞳が揺らいだ。


「口を閉じて。ああ、未だ飲み込むな」


濡れそぼる口唇。


「俺を見ろ。そう、そのまま。そして舌で自分の口内を掻き回せるだろう?そして、噛んで」


蠢く舌で、俺の唾液がお前の分泌され始めた唾液と絡まる。
口腔で噛み砕き、更に混ざり合う。


「飲み込んでみろ、お名前」


こくり、こくり。
小さく動く咽喉(ノド)。
体内分泌された液体がお前に溶けて行く。
ほぅ…と細く発せられた吐息には熱が籠っていて、若干なりとも頬が火照っている。


「欲しくなるな、つくづく」


「…っ…」


「お名前、こっち向け」


「…だ、駄目です。だって、だって!」


「…何で?」


目が合った瞬間に逸らされ、口許を両手で囲うと上半身を起こす。
身を縮こませて膝を抱えて仕舞った。
肩を出来るだけ優しくも掴み、顔を上げさせれば今にも泣きそうだ。


そんなに嫌だったか…。


その表情に胸の奥がギシッと鳴いた気がした。
多少なりとも、落ち込むぞ。
まぁ、確かに厭らしく端無い行為だったが。


「だって………堪えられないです…」


「何が」


「烏間さん…」


「惟臣、な。お名前も同じ烏間だろう」


「ぁ…………ぅ……た、だ……臣さん…」


「未だ慣れないか」


「………はい」


「で?何がだ。何が堪えられない?」


それは、その、ええと、と歯切れ悪くお前は視線を左右上下と動かし忙しない。
俺は意地でも譲らず、流れる髪を指で触れる。
サラサラだ。


「………から……」


「ん?」


「艶かしくて…堪えられません」


なまめかしい。
いやいや、待てよ。


「お名前の方が、な。堪えられないのは俺だ。頼むから、他所でそんな顔をしないでくれよ。

その場で押し倒して良いなら別だがな」


ふ、と笑って見せれば、また顔を伏せて仕舞う。
不思議なんだ。
お前がそういう反応を示す時には、背中がぞくぞくして恥ずかしげもなく言葉が飛び出す。

例えば先程のように、俺の細胞をゆっくりで良い、ゆっくりでも構わないからお前に染み込ませたい。
支配欲は、底を知らない。


「お名前、ほら、こっちを見ろ」


未だ触れるだけのキスが、いつか深いものになる。
その時は、近くも遠い。
未だ、隠されている方が良い。
お互いに…。


fin…xxx
1013/10/16:UP



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