左右対象でいたくて、紡ぐ口唇はいつだって不発弾を投下して、燻る火種にも気気付かずに片手を合わせている。



塩と砂糖は違うよな。

お前が作ってくれるオムレツは、砂糖とミキサーに掛けた野菜達に生クリーム。
何も掛けなくとも、口の中でふわっ、トロっと溶けて優しい温かい味が広がる物だ。
サクサクの三日月のクロワッサンにも、焼き立てのホテルブレッドにも、ただのスーパーで売っている6枚切りの食パンにも合う。
勿論、白米にもだ。

今、俺の口の中では白飯とその、きっと、多分、失敗なのであろうオムレツが交差している訳で…。
不味くはなく、これはこれで成功なのだが、しかし。
これが三日目の゛間違い゛なのだから、言うべきか。

ミルクティーの中の豆乳と牛乳。
それは良い。
サンドウィッチのピーナッツバターと練り味噌。
他に具材が入ってなかったから構いはしない。
そして、トドメの塩と砂糖。

材料を切りながらぼんやりと手を止めて、考え事をしている時も多く、アイロンを掛けている時も危うく火傷しそうになっていた。
俺が近くにいたから良いが、ただでさえ、どちらかと言えばぼんやりした性格だと思うのに…。
いつか本当に大怪我に繋がり兼ねない。


「お名前」

「!?は、はいっ」

「いや、そんなに慌てなくても良い。その…如何した?最近、何だかぼんやりしている事が多いぞ。何かあったのか?」

「………如何してですか?」

「いや、このオムレツ、塩と砂糖が違う気がしてな」

「ぇ……嫌だ、私っ」

「やっぱり気付いてなかったか。別に旨いから良いが、いつも作ってくれるヤツと違ってて。…食べてみるか?」

「あ…如何しましょう。私も自分の分食べた筈ですのに気付かなかっただなんて。今、作り直しますっ」


エプロンをかけ直し、慌てるものだから、俺は腕を掴んで引き留めた。
旨いから別に良いんだ。
ただ、怪我をするのは痛いんじゃないか。


「如何した?」

「……寝る前に、お話しますね」


あ……余り、良くない話。
直感的に勘づいて仕舞い、俺は頷くしかなかった。
俺の眼を見た瞬間、口唇だけが返事とは裏腹に゛ち゛を象った。
その文字から紡がれる返答は゛ちがう゛だろう。
何に対して゛違う゛だろう。

三日前、何があった?
お名前。

この日の夕食が、一時に味気無くなって仕舞った…。


先に風呂を済ませたお前は既に寝室にいるのだろう。
俺もその後で入り、軽く残していた書類の整理を済ませれば、二時間程は有に経過していた。
パソコンの電源を落とし、見付からないように書類をファイリングした後で鞄に仕舞い込むと首を左右に捻る。


寝ているか、と思っていたが約束をさせて仕舞ったのが悪く、お前はベッドの中だったが本を開いたまま、俯いていた。
約束にした覚えがなかったが、お前は自分が口にしてしまった為に、俺に話さなければならない、と思い込んだのだろう。
ベッドに入り込む俺を横目に、本をチェストに置き電気を柔らかくも暗いオレンジに切り替えて、また俯く。

そんなに追い込まれたような顔をしなくても良い。
いや、追い込まれた話なのだろうか。

話し掛ける訳でもなく、俺はぎゅっと自分の手を握るお前の手の上に、被せるようにして自分の掌を置く。
一度顔を上げて俺を見れば、口唇が小さく開いては閉じて、開いては閉じる。


「明日にするか?」

「っ!………いえ、今日の方が…」

「解った。じゃあ、如何した?嫌な事でもあったのか」


静かに首を振り、否定しては、今度はゆっくり口にし出す。
それは、二つ。


幼い頃から私の身体はガラクタで。
生みの親であるお母様とお父様は、兄弟の中で一人だけ手を煩わせる子供な物ですから、大変振り回されていたんです。
仕事が最も重要なお母様達は、私にはうんざりでして…。
倒れても、入院しても退院しても、何も一切、触れる事がなくなるのも早かった。
大切な書類一切もお父様やお母様の字を真似て、私自身が書いていたんです。
本人の筆跡か否かだなんて、病院側は調べなかったようですし、お金も自分の通帳に振り込まれている中から支払ってました。
お金だけは…困る事がなかったんですよ。
お金を振り込んでくれる事も、愛情でしょう。
それは解っておりましたし、何よりそうして頂いていただけで、救われてました。

だって、今にも゛要らない゛って顔をさせずに済んでいたのですから。

溜め息吐(ツ)いたり、苛々したり、煩わしいって気持ちを生むのは嫌な筈ですから。
きっと、誰だってその様な気持ちになるのは嫌でしょう。
私も…自分の所為で、その様なお顔をさせるのは嫌だわ。

自分が傷付いたりする事よりも、ずっと嫌。

私のこの身体に流れている血液は、普通の方々と違うんですって。
中々適合者もいなくて、入院する度に血を溜める事からスタートするんです。

あ、でも手術は成功しましたし、今は再発しておりません。
何より、自分の身体の事位、自分で何とかしなくてはですからね。
月に数度の病院は何ヵ所かの病院に血液をストックする為に通っているんです。
三日前に行った病院が一応掛かり付けでして。
検査はその病院で行っています。


口許は静かに笑う。
が、目は笑えず、伏せ気味で何処か諦めたようだ。
そして、決まってこう言う。


「黙っていて…ごめんなさい。いつでも仰ってくださいね。覚悟は出来ていますから」

「何のだ」

「え、と……」

「未だ゛離婚゛とか言うつもりか。お名前?」


責める訳ではない。
それでも、何か事ある毎に゛離婚゛を覚悟するお前は、俺を居たたまれなくさせる。
独り、だと言う。

腕を伸ばし、髪に触れる。
首筋にも、輪郭や頬にも触れる。
俺の方に顔を向けた瞬間、後頭部に手を宛がって、ぐっと力を込めて引き寄せた。
体制を崩したお前は咄嗟に俺にしがみつく。


「お名前」

「………」

「此処に座れ、お名前」


見上げたお前は俺の言葉通り、戸惑いながらも跨がる。
毛布や羽毛布団を手繰り寄せ、お前の腰に掛けて、もっと近付くように腰に腕を回す。


「身体、今は大丈夫なんだな?」

「…はい」

「じゃあ、掛かり付けの病院等を明日、メモしといてくれ。もし、俺の目の前でお名前が倒れたら、対応出来ないとだろ。そして、無茶は絶対にするな。家事も程々で良い。解ったか?」

「でもっ」

「でも、じゃない。そして、

お名前は俺に愛されていれば良いんだ」


ふわり、笑ってやれば俺のシャツを握り締めて俯いて仕舞った。
が、直ぐに上目遣いで俺を見詰める。

……解っていない上目遣いはキくな。


「惟臣さん………狡いです」

「狡い?」

「私、離れられなくなるわ」


ぅー…と小さく唸り、首を傾げてみたり。
困ってる、これは結構、困ってる。


「ったく…。離れられないのは俺もだよ」


呆れて口にすれば、まるでホントウニ?と問い掛けてくるようだ。
俺の胸元に顔を押し付けて、不安な顔を隠しているつもりなんだろうな。

本当だ。
離れられない、離れたくない。
お前が思うより、ずっと根強く。
きっと酷く醜く重たい。

二人して毛布の中に潜り込み、向かい合うのは…やはり未だ少し照れるな。


「ぁ…そう言えば、もう1つあったんですよね…」


「もう1つ?」

「これは重要でもなんつでもないんですけれど。凄く久々過ぎて、何だか懐かしかったんです」

「誰かと会ったのか?」

「はい。立派なお医者様になっていらして。白衣が素敵でした」

「……同級生なのか?」


ふんわり…微笑を携えて、お前が優しく言うその話。
何だ。
何故、そんなに声が柔らかい?


「ええ。同い年です。関係は、元彼氏様…ですね」

「…元?」

「元ですよ。まぁ、今は唯のお友達ですの」


明日も早いのでしょう、寝ましょう…だなんて。
呑気に言って瞼を閉ざす。
そんな、サラっと言った。

サラリと言うのか。
彼氏がいて、元カレだとしてもさらりと会える。


爆弾投下は、何て単純な。
静かに、鉛が…。

嗚呼、こうやって嫉妬は簡単に生まれるのか。
なぁ、お名前。


fin…xxx
2013/10/16:UP



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