9…Uside.… 「君は泣くのが好きだねぇ。今度はどの問題が解読出来ないんだい?」 瞼を覆ったのは掌だったと気付くと、私は慌てて左手を隠し、濡れた瞼でその方を見た。 この部屋の主であり、私の面倒を見てくれている人。 この一月、兎に角全国共通らしい文字を一文字も知らないのを、出逢った次の日の朝にはテレビらしい画面を見た時に痛感し、慌てて頼み混んで練習を開始した。 様々な雑誌も購入して来てくれたが、結局簡単な絵本からが無難だと知り、専ら図書館に入り浸った。 図書館以外ではヒソカさん、彼は暇さえ見付けると私の勉強に付き合ってくれた。 単に私がペンを走らせる横で器用にもトランプでひたすらタワーを作っていたが、私の涙が一粒でも落ちると慰める様にして勉強を見ては教えてくれた。 どんなに必死に頑張っても、自分の力では限界があった。 「左手、如何かした?」 「……いえ、ぁ……朝食の準備をしますね」 バレたくない、この涙の訳は… 私は慌てて涙を払うと彼から離れる。 携帯をポケットに突っ込み、左手を右手握った。 後ろめたい訳ではないとはっきりとは言えない。 じっさい、気不味く視線でさえ向けられない。 突然現れるのは慣れたとは言え、つい先程も玄関ではなくこのベランダから帰宅したのではないだろうか。 魔法の様な私の知らない世界だから、と無理矢理不自然だとか科学的ではないだとか理屈をこねる自身を押し込めて納得という形を取った。 「要らないよ。珈琲だけで良いや。 で、左手の指輪は自分で?」 「……すみません、お答え兼ねます」 「たまに強情だねぇ。無理矢理奪っても構わないよ?」 「…大切な人からの物なんです。私… 戻りたいんです。この一月、確かにこの世界も悪くないと思えていました。必死だったのも確かです。けれどっ…此処に私の戸籍はない…アイデンティティーがない。 私が生きていたのは日本なんです!この世界ではないっ。大切な人の約束も守れそうもない…。 今朝になって気付いたんです。私には……っ…ふ…ひ、…く……」 いつの間にか舐める様にして瞬時に握られた左手首に自らも視線を向けた。 薬指の指輪を瞳に入れた瞬間、胸が締め付けられ溢れた雫が在った。 自然にあの人のはにかんだ笑顔が浮かび、次には指先に通してくれた顔は真剣だった、とありありと蘇る。 力が抜け、崩れる様にして膝を折ると、フローリングに落ちる涙の粒は個数を増やした。 未だ握られている手首が痺れて来たが、そんな事は如何でも良い。 思い出して仕舞えば次々と瞼の裏に浮かぶ為、涙が止まる事はない…。 「良い事をしてあげるよ」 「…ぇ……?」 「これがあるから泣くんだろう?xxxは」 「違…、止めてっ、何をするんですか?…嘘…。 止めて------!!」 Next→ prev next back |