03-1

天鵞絨の滑らかさが指を伝う。次々と空けられるシャンパンやワインの瓶は俺の目に映った瞬時に下げられる。未だ年端も行かぬ少年少女達はきっちりスーツを着こなし、給事に当たる。一切の無駄も無く。

俺は帽子の鍔をぐぃ、と下げられるだけ下げていた。薄く紫を入れた眼鏡は黒いフレーム。視力は良いのだが、顔を認識されては些か困るので伊達眼鏡でカモフラージュする。

目の前で舞うドールの世界は煌びやかだが、関わる人間は欲の塊、金の沙汰。全ての客が容姿や体裁をカモフラージュする世界だ。俺も然り。

受付は、次に来る際には必ず身分を悟られたりせぬように…と釘をさし、俺は確かにな、と鼻で笑った。調査兵団に所属し、役職つきという立場上、顔も知れてしまっているだろう。兵団に金を落とすのは裕福な目の前の人間達だ。


凄ぇな…


滅多に他人に感心はしないが、お前に近付けば近付く程に、俺は溜めた息を吐き出す。今だって、ふわり、また、ふわり…素足でフロアを触れるか否かで舞う。更には殆ど爪先で軸をぶらす事無く何回転としながら端から端へ進む姿。回転に伴い、幾重と重なるドレスが広がる様(サマ)はまるで妖精の様だと形容する客や他のドール達に納得だ。


「お待たせ致しました」


ドレスの裾を摘まみ上げ、深々とお辞儀をするお前は、今日は蜂蜜色した髪をふわふわと揺らし、俺に微笑む。だが、この髪は地毛ではなく、ウィッグらしい。未だに地毛を見た事は無いので、未だお前が本物の゛xxx゛なのか確信は持てずにいる。


「如何(イカガ)なさいましたか?」

「いや、お前…髪、本当は黒いだろ?」

「はい、黒いですよ。突然、如何なさったんですか?その様な事を仰るだなんて」


然も可笑しい、と言わんばかりに不思議そうに小首を傾げ、くすくすと笑い出す。俺はお前の部屋に向かう通路で、何度か見掛けていた事を話した。フラムと仲睦まじく、バーで笑い合っていた事を。その時には、豊かな黒髪だったのだ、と。

部屋に着く頃には、お前が無口になっていた事には気付いていた。此処に通うようになって約2ケ月。余り口数が多く無い事は知ったが、支障は無い。


「髪、苦手なんです」


部屋にはオルゴールが流れる中でポトフを皿に盛ったお前が、俺に笑う。通うようになって、流れはいつもこうだ。大体、夕食代わりを食べて、風呂に入り、持ち寄った書類整理も手伝って貰い、睡眠を取って朝食を食べてそのまま兵団に戻る。俺のサイクルになりつつある。

そんな日々でも、確信は持てない。
お前が、俺が見た事がある゛xxx゛ではなく、娼婦の顔だからだ。


「黒髪の何処が可笑しいんだよ。俺も可笑しいという事になるが?」

「分隊長様のは真から黒いでしょう。自分の髪が苦手なだけですわ。人様のはその対象にはなりませんよ」

「………それでも、俺は見たいがな」


食事を済ませ、食後の珈琲を口にしながら、ソファーに移動すると脚を組む。ゆったり背中を預け、お前が片付けをする背中を見詰めた。暫くすると片付けを終わらせたお前はエプロンを外し、ハンガーに掛ければ、俺の左下、斜めに座り込み、可笑しかったら笑ってくださいませね、と自嘲するとウィッグを取り外し、ネットも取り去ればパサリと重力に逆らう事無く流れる髪。

手櫛で鋤きながら簡単に整え、顔を上げれば、戸惑いの色が浮かんでいる。俺の顔を見て、直ぐに視線を外し、俯いて仕舞った。


「如何した」

「……可笑しい、ですよね。こんな…」

「不思議だな。桃色と青色を入れてんのか?」

「地毛です。染めている訳でも何でもないのですけれど……」



「xxxなんだな」



組んでいた脚を解き、右手を伸ばす。頭部へ伸ばした掌を出来る限りゆっくり下ろし、スルスルと流れに沿って撫でてみる。耳横に辿り着き、もい一度同じように撫でる。左手も同じ様に。

さらさらだ…

何度も何度も撫でながら、俺は不意に思い出す。この感触は…やっぱりあの時と同じだ。



---雨、ですね。




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