02

靴を脱ぐ形式らしく、俺は差し出された上履きに足を通す。膝を折り、俺を見上げれば目を見開き、貴方様は先程の…と口にした。静かに立ち上がり、再度深々と頭を下げては俺に奥へと手で促す。

まるで、ただの独り暮らしの女の部屋だ。

反吐が出る様な可愛らしい色のテーブルカバーに薔薇柄のティーセットにソファー。花瓶に飾られた桃色鮮やかな薔薇にクリスタルの置物は妖精だろうか、オルゴールも数点在る。マネキンには今着ているドレスとはタイプが異なり、淡いブルーとオフホワイトを基調としたワンピースが着せてあり、鍔が広いガーベラやら薔薇やらの造花で彩られた帽子も被せてある。

硝子のショーケースには様々な香水やマニキュア、化粧品の数々がまるでインテリアのように飾られ、一つのソファーには魚なのだろうか、何やら見た事もない縫いぐるみや花柄の手触りが良さそうなクッション。燈台の蝋燭にもラッセル柄が施され、ランプも然り。


「何を飲まれますか?お酒はブランデー、ウィスキー、カクテル、ワイン…一通り揃っておりますし、カクテルも作れますよ。お腹が空いてられるならば何か作らせて頂きますし」

「要らねぇ。俺は仕事の一環で来ただけだ。こんなくだらない場所に長い出来る暇は持ち合わせねぇんだよ」

「…お仕事、ですか」

「この書類に目を通して、全てに記入しろ。憲兵団に提出し、受理されれば後日遺族年金が支払われる。まぁ、微々たるもんだがな」


ファイリングしていた書類をテーブルに広げ、お前の顔も見ずに準備を進めれば、慌てた様子もなく、静かにテーブルに近付き徐に一枚を手に取る。


「貴方様は…」

「俺は調査兵団所属。分隊長、リヴァイだ」


書類から目を離す事なく、お前は小さく色が成さない声音で復唱してはもう一度調査兵団ですか…と口にした。


「フラムは、亡くなったのですね」


とても、静かに口にした。
全ての書類に目を通し、角を揃えて整えては、一度テーブルに置いた。テーブルから離れ、硝子のショーケースの隠し棚の南京錠を外し、見た事が無いデザインのポーチを手に、俺に失礼します、と頭を下げてはテーブルに着いた。羽ペンでもなく、万年筆でもない細い筒状の1本を右手に取り、スラスラと何の躊躇いも無く、一枚、また一枚とまるで作業のように書き終えて行く。

幾度となくこの書類を遺族に突き付けて来たが、怒りもなく、悲壮もなく、無気力でも…ない。ただただ、坦々と処理するその姿は一枚の肖像画だ。

何だ…こんなもの、か

ソファーに座り込んでいた俺は、肩透かしだ。脚を組み換えて、腕を組む。さて、如何(イカガ)なものか。今までの連中は泣き喚き、八つ当たりし、途方に暮れては無気力に最終的には項垂れて仕舞っていた。書類等、二の次だ。逆にそちらの傾向に慣れて仕舞っている俺としては、目の前の傾向は不思議と落ち着かないでいる。


「分隊長様」


滑らかな声音で呼ばれ、俺はハッとした。先程まで、フィルターが掛かった景色でお前を見ていたかのようだったのだ。目の前に立つお前はアラベスク柄の白いストールを片手で左右を合わせ、書類を差し出して来た。無表情で俺は受け取れば、中身を確認すべく封筒を開けて中身を取り出した。


不備が無い事を確認すれば、お前は御茶を淹れますね、と背中を向けた。奥の部屋には簡易的な炊事場所が設けられているようで、湯を沸かし、食器棚からティーセットを取り出しては、数分後には戻って来る。行ったり来たりを数回繰り返し、ようやっと一定の位置に着く。

温めたティーカップの湯を捨て、砂時計できっちり計り蒸らした紅茶は差し出される前から香りが良い。仄かに漂う湯気は宙で消えては立ち上る。角砂糖を窺われたが、首を振り、俺はカップに口を付ける。

ベルガモットの香りが鼻孔を突き抜け、ゆっくりと目を閉ざした。時計の秒針がチクタク、チクタクと一定に鳴り、俺は一時、目を閉ざしたままだった。


そうだった…


目を開けば、お前は椅子に腰掛け、膝掛けを握り締めては瞬きもせずに真っ直ぐに視線を外さずにいる。俺は上着の内ポケットから一通の手紙を取り出すと、静かにお前に突き付けた。血液が付着し、変色してクラフトは滲み染みになっている。ゆっくり視線をお前が流して来ては、徐に指先を伸ばす。


「彼奴、フラムからだ」

「…手紙、ですか」

「ああ」


かさり、受け取り開き、お前はたった一枚の便箋を読み出す。中身まで見るのは不躾であると俺は視線を逸らしていたのだが、10分程は経過していただろう。

不意にお前を見て、一瞬で目を奪われた。
早鐘を打つ俺の胸は自分の耳をつんざき出して、きつく拳を握る。


嗚呼、如何して、俺は…


瞬きも忘れて仕舞った。
お前から、目を離せずにいるのは、何故だ。

涙、しているのだ。

まるで月でも仰ぐように僅かに顔を上げ、そっとシャンデリアの灯りに点した手紙に、キスを施す姿。
触れるだけの柔らかな、長い伏せた睫毛に滴が光り、つぅ…っと頬を伝う。
顎先を伝うとほろり、と落ちて、まるで音が鳴ったように絨毯に染みる。


如何して俺はお前を勘違いした…


指先で涙を払い、お前は直ぐに伏せていた目蓋をしっかりと見開く。俺に深々と頭を下げ、蝋燭が揺れる燈台に身を翻すと、そっとくべた。相思相愛だった相手からの手紙を、だ。

パチパチ、パチパチ。炎が揺らぎ手紙を飲み込んでは煤にしていく様は、うっすら煙をも立ち上がり、静かに諦めて行くようだ。

彼奴の存在をその柔らかな手で。


「なぁ、xxx」

「はい」

「何か作れるか。腹、減ってるんだよ」

「大丈夫です。直ぐにご準備致します」


何か作れるか、と訊いた時の瞬間のお前の瞳に、うっすら膜が張る。ゆらゆら揺らぎ、溢れる寸前。頷き、エプロンを着けては、お前は踵を返し、手慣れた手付きで炊事に取り掛かる。

その後ろ姿に、俺はもう一度拳を握る。


fin…xxx
2013/10/16:UP

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