帽子を目深に被り、常連客となった俺は別口から店に入り込む。それでも必ず名前を帳簿に書かされ、数分掛けて前回と同じ筆跡かを調べ上げられる。俺自身と同い年辺りの青年は鋭い視線で俺を射抜く様に見詰めているのは、やはり本人が否かを確認しているのだろう。
30分程時間を要され、理由を勘繰れば、店に出入しなくなり、一時の間を空けたからだろうと察する。待たされるのも、待つのも得意ではないが、此処は雰囲気がその苛立ちを和らげる。若干、痛むような鋭い視線を掻い潜らねばならないが、それも一時だ。
---ご指名は如何なされますか。
---xxxで良い。
---………彼女、ですか。…いや、畏まりました。お時間割いて頂きました事、感謝致します。素敵な夜に。
男は、あの時…お前、xxxに対して静かな憫笑を浮かべていた。いつも受付を行う男ではなく、初めて顔を見た顔だった。それでも、あの憫笑が゛本物゛なのだろう。
お前を象徴する、本物なのだろう。
「痛みは無いのか」
「ふふ。可笑しな事を仰りますのね、分隊長様」
「傷口、随分膿んでるな。同じ場所ばかりやるんじゃねぇよ」
「無意識ですの。それより、余りに久しくありません?てっきり用済みになったのだと思っておらりましたのに。何て、分隊長様はお忙しい人でしたわね。私ったら不粋な事を。申し訳ありません」
行き慣れた部屋は、目を見開く程の惨劇だった。ベッドの左脇に凭れる様にして座り込むお前のドレス、腕を乗せていた部分のシーツ、座り込む足元の絨毯、赤黒く染まっていた。ダラリと下げられている右手には、彼奴が愛用していた小型ナイフ。切り刻まれた両腕からはダラダラと溢れたであろう流血の跡が残る。良く見れば、未だ凝固出来ずに溢れている傷口もあるようだ。
テーブルの上には様々な痛み止。ざっと見たところ、麻薬(ヤク)が無い事に胸を撫で下ろす。散らばる錠剤に粉薬。引き抜かれた髪。
俺を濁った虚ろな瞳に映しても、ぶつぶつ何かを呟きながら、首にもナイフを滑らせていく。だが、腕を切りす過ぎて、血液が付着したナイフでは思うように切れないらしく、薄く線を描き、細い流血の道筋を作っている。
「壁外に出ていた。たまから来れなかっただけだ。決して、お前を捨てた訳じゃねぇ。遺品整理等に手間取っ
「そのように必死に弁解なさらずとも」
…おい、好い加減切るのを止めろ。オレの話を聞け」
「聞いております。壁外調査で壁の外に出向いてらしてたのでしょう?」
「……ああ」
「態々、死にに行かれるのですわねぇ」
「………あ゛?」
俺は止めろ、とお前のナイフを持つ右手を掴み、手首から放すように牽制を掛ける。そんな俺の手を見詰めると、クスクスとさもおどけるように、それでいて嘲るように笑い出す。だが、瞬間笑うのを止めれば、蔑むような瞳の色で口唇が歪む。
お前は、何て言った…?
「ふふ。区民の税を懐に、あの世では使えぬお金を掴み、態々巨人に補食される為にお戯れに行かれるのでしょう?」
「xxx、お前…っ」
「ふ、ふふ…ハハハ!何てお顔。市民の税がお給料で、そのお金で娼婦に入れ込んで何をなさりたいの?入れ込む割りには抱きもなさらないですし?嗚呼!女には困りそうもないお顔の割りには、あちらのテクはからきしなのかしら。それとも、男としての機能を果たせないお体なのかしら」
「……それ以上言ってみろ。侮辱される筋合いは無い」
「ふっ……ふふっ、ふふ…アハハハッ!!侮辱?正論だからこそ、侮辱だと蔑みだと解釈なさるの?…ふふっ」
さも可笑しい、と声を上げて笑い出したが、急に笑いを止めて俺が掴んでいた腕を払う。そして、冷めた至極冷ややかな瞳でお前は口にして来た。俺に。
---ドウセ、死ヌジャナイ。
貴方様モ。
それだけ口にすると、投げ出していた足を縮こませ、ナイフを握ったままで膝を抱えた。ぎゅうっと膝に顔をを宛がうように俯き、呟き出す…。
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04ー03