血だまりの中に
モンテ・オリベート・マジョーレ男性修道院。ベネディクト派に所属するこの修道院では、十数人の修道士が自給自足の生活をしている。クレアが呼び鈴を鳴らすと、レナータと同じ雰囲気の修道士が現れた。チェッカーフェイスの部下だろう。

「迷える者に救いありと聞き、戸を叩きました。罪深い私に、どうか告解の機会をくださいまし」
「教会の門戸は、いつでも開かれております。どうぞこちらに」

修道士は極めて親切な顔で、クレアを礼拝堂へと案内した。そこには院長と思しき老修道士が、杖を支えに立っていた。欠けた櫛のような歯を見せ、彼は好々爺然として笑った。頭頂部だけ残った頭髪や、海老のように曲がった腰に相当の老いを感じさせる。

「私と共に、告解を聞かれると良い。その後は、ご自分で判断なされよ」
「罪を雪ぐべき修道院が、犯罪を推奨するとは」

皮肉めいた言葉を返し、クレアはドレスの袂から短銃を取り出した。中には特別な銃弾が装填されている。後悔によって人を死の淵から引き戻す、死ぬ気弾。対象者が後悔していなければ、ただその命を奪うだけのもの。それを使いこなすためには、対象者の本心を正しく読まねばならない。本当に、死んでも死にきれないと思うほど、後悔しているかどうかを。
見誤ればジョットが死ぬ。ならば、見誤らなければいい。確実に蘇るほどの後悔を与えながら、本心を見極める練習をすればいい。決して殺してはならぬ者のために、関係ない者で試せというのだ――チェッカーフェイスという男は。なんと非道で冷酷な提案だろう。命は皆等しく尊く、かけがえ無いものだというのに。

「言われるがままに来られた貴女も同罪ですぞ」
「わかっております」

院長は修道服を差し出しながら、きっちりとくぎを刺した。それに短く応えて、クレアはドレスを着替えるべく隣室に移った。



銃声が響き、窓の外で鳩が一斉に飛翔する。眉間を撃ち抜かれた女性は、ぱたりと床に倒れたきり動かない。彼女は夫の留守に間男と遊んだことを悔いて、此処に来た。院長は彼女から罪を聞きだすと、一転して厳しい言葉で責め立てた。
彼女は後悔の言葉を繰り返した。もう二度としない、絶対にしない。この過ちを赦してほしい。そう言い募る彼女を信じ、クレアは死ぬ気弾を撃った。彼女は生き返らなかった。血だまりの中に横たわり、ピクリとも動かない。

「全て口先だけの後悔だったのだな。全く、残念じゃ。ほら、早く片せ」
「はい」

院長の指示に従い、修道士達が女性の遺体を筵に包んで運んで行く。石畳の血を雑巾で拭き取れば、罪の痕跡は跡かたもなく消えた。

「明日にも明後日にも、告解の予約をした者が来る。今日はこのまま泊られよ」

漫然と頷き、クレアは短銃を握りしめる手に手を添えた。硝煙の臭い。人を殺した道具だ。手から力が抜け、自然と滑り降りて行く。銃は床にぶつかり、鋭い金属音を立てて転がった。もう一度手に取りたい気分でなく、クレアはふらふらと礼拝堂の外に出た。
牧歌的な光景。羊がのんびりと牧草を食み、犬が欠伸しながら見守っている。果樹や野菜の世話をする修道士の、黒い影がそこここに見える。銃声が聞こえたろうに、彼らは駆けつけもしない。知らぬ、存ぜぬ。まるで、世界の全てを体現しているみたいだ。

「う、ああ、あ」

クレアは膝から崩れ落ち、青空の下で号泣した。可愛げのない、獣のような唸り声が喉から零れ出た。胸中がズタズタに裂けたように痛む。痛いと、痛いと訴えられたならば。銃を撃った手が震える。さまざまな光景が脳裏を駆け巡り、口々に罪を罵る。
驚く女性の顔。虚ろに裏返った目。投げ出された四肢。じわじわと広がる血だまり。事務的に処理を命じた院長。鮮烈な色彩で全てが混じり合い、クレアを責め立てる。なぜ殺したか。なぜ、見抜けなかったか。考えるだけで頭がおかしくなりそうだ。クレアは地面に手を付き、がりがりと爪を立てて引っ掻いた。

「だって、悔いてるって、言ったじゃない」

クレアは彼女の言葉を信じていた。生き返ってほしいと願っていた。好き好んでこんなことをしたわけではない。できれば誰も殺すことなく済ませたかった。しかし、現実は双方の期待を裏切り、残酷な事実を知らしめた。言葉を信じてはいけない。奇跡を願ってもいけない。冷静に、冷徹に、隠れた本心を暴かねばいけない。枕をナイフで引き裂いて、秘密文書を取り出すようにしなければ。

「嘘吐き、……なんで、嘘なんて、うう」

しゃくり上げながら、クレアは恨み事を口走った。神の前で嘘を言うから死んだのだ。自分は悪くない。何も、悪くない。そう叫びながら、クレアは判っていた。見抜けなかった自らが悪いのだと。そして、このままでは確実に、愛する人を死なせてしまうことも。

「死なせない。絶対に、絶対に、死なせないわ」

たとえ、何人を犠牲にしてでも。その心に必ず後悔の花を咲かせ、摘み取ってみせる。
罪悪感を消し去るほどの恐怖は、クレアに決意を抱かせた。それは間違いなく、道理に背いた決意だ。博愛主義を擲ち、ただ一つの愛のために狂気に走ったのだ。血涙に頬を染めながら、クレアは外道を選んだことを悔いた。



その翌日も、翌々日も人は死んだ。一人は生き返ったが、直後に実弾で殺された。口封じのために、クレアの手で殺された。そこまでする必要はないのかもしれない。しかし、もう後戻りができない以上、秘密は徹底して守らなければいけない。
三つ並んだ墓に華を添え、クレアは一路フィレンツェへと戻った。
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