その命を忘れるなかれ
父が銃撃に倒れた瞬間、ジョットは反射的に自らの胸元を掴んだ。弾が当たったわけでもないのに、心臓がズキリと痛んだ。奇妙な懐かしさを覚えるその痛みに、何かが思い出されかける。遠い昔、父と同じように銃弾を受けて死んだような、そんな記憶が。しかし、鮮明さに欠けるその記憶は、掻き消された。
――父の死に激昂した、妹の哀哭によって。



「なぜ撃ったの!言ったはずよ、これ以上の蛮行は許さないと!」
「そいつは俺達の仲間を攻撃した」
「農民の無力な抵抗よ。その程度で死ぬほど、貴方達の仲間は弱いの?」

賊を詰りながらも、クレアには彼らが撃った理由が理解できた。彼らは強者として遇される事を望み、反撃を己に対する挑戦と取る。たとえそれが無力な抵抗であっても、矜持を傷つける者は許さない。それが、彼らのような傭兵の心の在り方なのだ。

「さあ、来い。じきに憲兵隊が来る」
「いやよ!貴方達は私の要求を拒否したじゃない、行かないったら!引っ張らないで!」

賊に手首を掴まれ、ぐいと力任せに引っ張られる。あの男のもとへ連れていく気だと知り、クレアは父の服にしがみ付いた。

「そいつが死んだのは、そいつ自身の馬鹿な行いのためだ。そして、俺達はお前の要求を更に撥ねつけることもできる」
「皆を殺そうっていうの?なんて酷い、この人でなし!」
「そうされたくなければ、大人しくしろということだ」

無性に悲しくて、腹が立って、クレアはがむしゃらに抵抗しながら彼らを罵倒した。平静なら絶対口にしないような言葉が、次から次へと勝手に口から飛び出していく。見かねたジョットは思わず、一歩前に踏み出した。しかし、母とロヴェッロに引き戻されてしまう。

「離してくれ、クレアが連れて行かれる」
「父ちゃんを見てたろう?あんたまで蜂の巣になるなんて、やめておくれ」
「でも、クレアが」
「武器もないのに、何ができる?無駄死にするだけだ」

変貌した妹、父の死。あり得ない出来事が立て続けに起きて、頭が追い付かない。混乱した頭では、今、何をどうすればいいのか全く思い浮かばない。ジョットはただ、賊に担ぎあげられた妹を見ていた。その向こうに居る、銃を構えた賊の姿など目に入らない。
引き留めようとするロヴェッロを振り払い、ジョットは手を伸ばした。しかし、手は虚しく空を切り、妹は暗闇に溶け込むように森の中へ消えた。



賊たちは村から山一つ離れた所で馬を止め、クレアを小さな馬車に放り込んだ。馬車といっても、荷物を運ぶための、荷台が箱状になっているものだ。窓一つない箱の中に転がされ、クレアは唖然とした。誘拐されたと思しき、同じ年頃の女の子が十五人ばかり中に居たのだ。
背後で木の扉が閉まり、ほぼ同時に荷台がガクンと揺れる。車輪が砂利を踏んで回り始め、馬の走りに合わせてガタガタと鳴り出した。クレアは這い蹲り、手探りで御者の座る壁の方へ向かった。少女たちをかき分けて壁に辿りつくと、渾身の力を振り絞って拳で叩く。

「私以外の子供を解放しなさい、匪賊共!」

精いっぱい怒鳴りつけたが、賊からの返事はない。クレアは更に叩こうとしたが、周りの女の子達に両腕を抑え込まれて止められた。

「やめて、あの人たちを刺激しないで!殺されたいの?」
「……?あっ、貴女、まさか」

右腕に取り縋って囁く子を見て、クレアは驚いた。体の弱いクレアを陰で穀潰しと笑っていた、同じ村の女の子だ。年の頃は近いけれど、悪口を言われるのが嫌で仲良くしたことはあまりない。そばかすだらけの顔をこれ以上ないくらい青くして、兎みたいに震えている。彼女はこんなに情けない存在だっただろうか。太陽の下を駆け回る姿しか知らないから、少し滑稽に見える。賊の怒りを買って、殺されるのが怖いのだろう。生きている方が地獄の時も、あるというのに。
クレアは拳を下ろし、壁に背を預けてその場に座り込んだ。賊に八つ当たりしても仕方がない。悪いのはすべてあの男、チェッカーフェイスなのだから。
握り締めていた布切れを懐にしまい込み、崩した膝の上に置いた手を見つめた。眼を閉じると父の死に顔ばかり思い出されて、心の中がぐちゃぐちゃになる。前世で見た、暴徒の銃声とジョットの死が思い出される。もしも、彼が死んだら。父ではなく、彼が死んでしまったら。絶望の冷たい感触に身を震わせ、クレアは身を竦めた。

「そんなこと、ない……絶対に、ない」

彼は死なない。この手で守るから、彼が死ぬことはない。これから行く先で掴んだ富と権力を、彼を守るために行使するから。この頭が考え付く限りの危険を、知略を尽くして取り除くから。それでも、もし敵の攻撃が全てを上回って、クレアの盾をすり抜けたら。

「……私が、盾になるわ」

最悪の想像を打ち消すように、クレアはそう呟いた。崖を這うように続く悪路を、どれほど進んだか。馬車はゆっくりと速度を落とし、ついに止まった。同乗する女の子達がさめざめと泣き出すなか、クレアは毅然と面を上げて待っていた。朝日を帯びて開かれる扉の向こう、チェッカーフェイスを睨みつけるために。
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