盟友は家族に非ず
ボンゴレリングは、七つ一揃いの至宝だ。ボスの座を継ぐ者は、大空のリングに認められなければいけない。
そして、残る六つのリングに相応しい六人の守護者を集めなければいけない。
守護者あってのボス、ボスあっての守護者。守護者を揃えられない者は、リングを継ぐこともボスになることも叶わない。

そのため、クレアはいつの時代も、後継者の傍に守護者になり得る人材を集め、仲間になるよう仕向けていた。そして、七人同時に鍛えられるよう、七人以上の敵を試練として用意した。
だから、クレアはザンザスにも、六人の仲間を用意しなければならない。今回はその中の一人、雨の守護者の候補を思いがけぬ偶然に恵まれて見つけることができた。

スペルビ・スクアーロ。大海を自由に泳ぐ水生生物を名に持つ彼は、剣士だという。歴代の雨の守護者には刃物を扱う者が多かったことを踏まえると、彼は雨に相応しいと言えるだろう。

問題があるとすれば、誰に対しても不遜な態度をとる所だろう。相手がザンザスであっても、スクアーロは服従しないだろう。
媚び諂うよりはまだいいが、ザンザスの機嫌を大いに損ねることに変わりはない。

どう引き合わせれば、ザンザスが己の守護者に加える気になるか。それさえ考えておけば、この一件は片付く。もっとも、彼が剣帝に負けたらそれまでの話で、この忙しい時に急いで考えねばならぬものではない。

『雷』と別れ、クレアは私室まで延々と続く廊下を歩いた。ただ部屋と部屋を繋ぐための廊下というのは、クレアにはあまり馴染みがない。
昔の屋敷は大抵、客人をもてなす応接室が廊下を兼ねており、続き部屋を奥へと歩いて行ったものだ。

机も椅子も無い、ただ歩くためだけのスペースというのは、実に無駄に思える。部屋同然に広く空間をとって、本棚や椅子を置いた方が有意義だ。
部屋ごとに内装を変えておけば、その日その日に趣の異なる部屋を楽しむこともできる。

統一された内装の、絵画や壺を飾っただけの廊下はじつにつまらない。しかし、内緒話が好きなマフィアには、人の行き来のある部屋など要らないのだろう。
もともとが庶民なので、貴族の趣など理解できなかっただけかもしれない。

「『姫』!」

慌ただしい足音と共に、前から人が走ってくる。P2のメンバーであり、明日にレッスンを入れていたピアノの講師だ。
彼女を見るなり、クレアは表情を厳しくした。予定外の接触は即ち、危険を冒しても伝えねばならぬ事態に陥ったことを意味するからだ。

「沼が、襲撃されました」

気圧されたように息を引き切り、クレアは無意識に胸元を握り締めた。鋭いもので突かれたように、心臓がズキズキと痛みを訴える。
クレアは深く息を吸い込み、じんと痺れた頭の中から言葉を絞り出した。

「詳しく聞かせて」



ガナッシュは壁に背を預け、細く燻る煙を目で追った。クレアの私室までほんの十歩ほど距離を空け、煙越しに窓の外を見る。
華やかな光の洪水たるパレルモの街と、すっかり夜に身を潜めた山脈が綺麗に景色を二分している。

本部に戻ってすぐに、ヴァリアーに連絡する予定だった。何もなかったら、今頃は自分の執務室で電話をかけていただろう――明朝、フィレンツェに行く筈なのだから。
しかし、それはもう急ぎの用事ではない。明日でも良いし、明後日でも良いだろう。今日中に電話をかけるとしたら、宿と飛行機をキャンセルするくらいだ。

講師の言葉を聞いた瞬間、クレアの顔から血の気が失せた。疲労で青くくすんでいた顔は石膏のように真っ白くなり、唇まで死人のように紫になった。
なによりガナッシュが驚いたのは、零れ落ちそうなほど見開いた目に浮かんだ恐怖だった。

絶望でも諦観でもない、純粋な恐怖。罪を弾劾されてたわけでも、死を宣告されたわけでもない。それなのに、彼女はひどく恐れ慄いていた。
まるで、その一言が自分の存在価値を無にしたかのように。

大理石のように白い指先が、胸元を掴む前に一瞬だけ彷徨った。もし誰か縋れる人がいたら、その人の服を掴んでいただろう。
しかし、彼女の指は『雷』に触れることなく、自らを庇うように動いた。

――ごめんなさい。旅行は、行けなくなったわ

恐れを心の中に押し込んで、彼女は平静を取り繕って『雷』にそう言った。しかし、声は震えていたし、顔も泣き笑い同然に歪んでいた。
『雷』には、彼女が重圧に押し潰されそうになって、悲鳴を上げているように思えた。

とてもではないが、放っておける様子ではない。何ができるとは思わないが、このままサヨナラというのは薄情が過ぎる。
たとえクレア本人に、明日までさよならと鼻先で扉を閉められたとしても。

「九代目を呼ぶか……?」

考えて、ガナッシュはすぐに否定した。九代目は嵐と共に、同盟ファミリーとの夕食会に赴いている。守護者としては、娘のために戻って来いとは言えない。
他の守護者も、最近の争乱を鎮めんがために各地に散っていて、頼れそうもない。

ニー・ブラウならと思ったが、彼はどこかに行ったきり連絡がつかない。野たれ死ぬほど弱くないので、自ら姿を消したのだろう。
ガナッシュよりクレアとの付き合いが長いから、彼ならばうまく対処できるかもしれないのに。

悩みに悩んだ末、ガナッシュはそのまま待つことにした。クレアと講師がいつ話を終えるか判らない以上、場を離れるわけにもいかない。茶を用意させても、冷めてしまっては意味がない。

愛用の手巻きタバコを燻らせて、時間が過ぎるのをただ待つ。学校での会話、スクアーロとの遣り取り。クレアが教えてくれた真実の片鱗をかき集めて、どうにかつなげられないかと探る。

ディーノやガナッシュでは敵わない敵。その正体は判らないが、ボスの身辺に潜む死神と同一人物ではないだろうか。
八代目がそうした存在を仄めかしていたことは、守護者の皆が知っている。

その存在は恐らく、初代の頃からの宿敵で、マフィア社会を揺り動かすほどの影響力を持っている。
そして、クレアもまた、彼と対抗できるほどに影響力を持っているらしい。

彼女がただ地下牢に幽閉されていたわけでないことは、薄々察してはいた。しかし、ボンゴレの内外に彼女の味方がいるとは思えなかった。

味方が居るのならば、彼らの手を借りて地下牢から逃げれば良かったのだ。そこに居たら酷い目に遭わされるのは、判っているのだから。
ボンゴレにとって彼女は必要な存在だが、彼女にとってボンゴレは必要ではないはずだ。

それなのに、彼女は地下牢に居続けた。彼女の味方も、地獄のような穴倉から彼女を助け出そうとしなかった。

「聞きてぇことはごまんとあるのになぁ」

ガナッシュは閉ざされた扉を振り返り、聞ける相手がそこにいることに気付いた。ピアノの講師としてクレアの下に来ていた女性だ。
彼女はクレアの仲間で、凶報をいち早く知らせるために駆けつけたのだ。

彼女が相当に危ない橋を渡ったことは、ガナッシュにも何となくわかる。黒のキングは、パレルモのこの屋敷に置かれていたのだから。
身の安全を約束する代わりに、答えられる範囲で質問すればどうだろうか。

歴史という曖昧な霧に隠された、本当の敵の姿を知れるのならば悪くない話だ。そう結論付けて扉へ歩み寄った瞬間、ズドンという腹に響く重低音が聞こえた。
それが銃声だと理解し、ガナッシュは一も二も無く扉を開いた。

「『姫』!」

彼女の安全を確保せねば。ホルスターに手を伸ばしながら部屋へ押し入り、ガナッシュは目の前の光景に愕然とした。
硝煙を燻らせたリボルバーが、中空を向いている。その先に人は居らず、室内はいたって静かだった。

恐ろしいほど無感動に空を見つめるクレアと、顔とも思えぬ顔で天を見上げる講師の姿。じわりとカーペットに広がる血の色と、かつて人の頭であった白や赤の破片。
全ての時間が止まったかのように思えたその一瞬は、加害者が銃を下ろしたことで再び動き出した。

「死体の片付けを、頼めるかしら」
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