兄を想う妹
一人、背負う。一人、罪の意識を背負う。
輪廻して生きる道は、決して幸せなものではなかった。

しかし、守るものの大きさ、監視する者の多さがそれを意識させない。
心の大半を使命感が占め、孤独に足を掬われながらも勤めを熟してきた。

けれども、今生、クレアの心に一つの変化が与えられた。
妹、という存在。それは打ち水のように、かつて兄を慕った時の感情を呼び起こした。

愛しい。寂しい。そうした感情が、押さえても押さえてもクレアの中に溢れ続ける。
今までは気を回すこともなかった過去を、ふとした折に思い出してしまう。

輪廻する度に新しくなる両親、憎悪さえあった親子の関係。
過酷な運命を課してきた兄弟達、隔絶した立場。

愛する人の腕、空虚な人生。百四十年の空白、記述のない日記。
思い出すのは、百四十年間繰り返し思い続けた、兄達の面差しばかり。

しかし、褪せた写真の入った、小さなネックレスが語る。

その愛は過去であり、今望んでも得られるものではないと。
愛が欲しければ、今を生きる人を愛せと。

しかし、父はファミリーのボス、母はおらず、血の繋がる妹は遥か遠くに捨ててきた。

後継者に目される兄にはブラッド・オブ・ボンゴレが流れていない。
愛は、やはり、どこまでも遠い。

「最悪ね……」

目を閉じると、千里眼が勝手に開く。
見える筈のない遠くの景色、どこかのファミリーの実験場とおぼしき光景が見える。

激痛にのたうち回り、悲鳴を上げる幼い子供達を、大人は無感動に見下ろしている。
その手が次のターゲットとして、変わった髪形の男の子を引き摺って行く。

「貴方達は、後回しよ」

とてもではないが、今はそんなことを考えられる心境ではない。
見たくもない情報を伝えてくる眼を、クレアは無理矢理に閉じた。



目を伏せ、ゆっくりと息を吐く。肩に入っていた力が抜け、自然に涙が零れた。
立てた膝に顔を伏せ、クレアは嗚咽を堪えた。

「どうして、……」

やっと兄と呼べる人を見付けた。二代目にそっくりで、剛毅で、優しい人。
しかし、彼はブラッド・オブ・ボンゴレを持たず、後継者にはなれない。

彼は自分の出自を知らない。九代目の嘘を信じている。
クレアと出会った事で、彼は自らの未来を確信しただろう。

――それが決して叶わぬものとも知らずに。

「どうして……?」

期待させたその身で、ザンザスの野望を挫き。
最愛の人の子孫を、この血生臭い裏社会に引き込んで。

「どうして、そんな事をしなければいけないの……?」

ザンザスには彼が夢見る未来を生きてほしい。
初代の子孫には、初代と同じように平和な世界で生きてほしい。

そう願う事が許されないのは、それが罪だからか。
血縁でない者が権力を握る事が。血縁である者が平穏に過ごす事が。

「それとも、悪いのは私なの……?私が、愛したから」

平和を好んだプリーモは戦いに巻き込まれ、愛するイタリアを去る事になった。
セコーンドは自ら戦いに身を投じ、肉親と殺し合い孤独に死んだ。

十代目になるべくして育ったザンザスは、血を持たぬために未来を奪われる。
平和の国で何も知らずに育った初代の子孫は、その血統ゆえに平穏を奪われる。

クレアが愛すれば愛するほど、誰も彼もが不幸になっていく。
けれどそれは、最初から分かっていたことだ。

一つの正義を貫く者の行動は即ち、それに反する者を傷付ける行為となる。
だからこそ歴代はクレアを地下牢に閉じ込め、赤子の頃から接触を避けてきたのだ。

「それでも愛してしまう事は、罪なの……?」

顔を上げると、誰かが今わの際に描いたのだろう血の十字架が見えた。
指紋をとれそうにないほど掠れた血の跡には、書いた人の息遣いが感じられる。

マフィアは犯罪に手を染めるが、神への信仰を忘れてはいない。神よと祈ったその人は、最期に何かを赦されたのだろうか。

「……神様なんていないわ」

契約と役目がある限り、クレアは神の御許へ行けない。
そして、生きている間に神の救いの手が差し伸べられることもない。

愛する資格を希っても、それが赦される事はない。
なぜならば、神の定めた摂理に浩然と逆らった存在だからだ。

クレアは拳を握り締め、忌々しい十字架を殴りつけた。
しかし、コンクリートに描かれたそれが砕けて消えることはない。

凹凸のあるざらついた壁で手が傷ついて、壁が余計に汚れただけだ。
裂けて血を零す指を見て、クレアは溜め息をついた。

今は何よりも、抜けだしている事がバレる前に、早く部屋に戻らなければならない。
揺れ動く心とは裏腹に、クレアは最善の行動をすべく立ちあがった。




クレアが日記を読んでいるころ、ザンザスは自らが所有する屋敷にいた。

小さな妹は言った。今まで一人だったと、今くらいは兄様と一緒に居させてほしいと。
それは悲鳴にも似た悲痛な懇願、あまりにも哀れな泣き声だった。

「……クソジジイが」

願いを聞き入れられない立場なら、いっそ突き放してやればいいものを。

「ボス、ちょっといいかしらん」
「何だ」

先ほど苺を買いに行かせた筈のルッスーリアが、電話片手にひょっこり顔を覗かせる。

「学校から連絡よ。新学期が始まってひと月は経ったんだから、一回くらい顔を出してって」
「……」
「でないと評定を付けられないって泣いてたわよ?」
「……。るせぇ」
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