それぞれの思い
瑜葵が逸れてほどなく、幸村はふと振り返った。
そこに、被衣を被った姿がない。

「瑜葵殿?」

近くを見渡すが、瑜葵の姿は影も形もない。
逸れてしまったのだと気付き、幸村はさっと顔色を変えた。

「お館様、瑜葵殿がおりませぬ!」
「なに?」

元々瑜葵は声が小さく、荒立てる事もしない。
きっと、はぐれた時にあげた悲鳴も、喧騒に消えてしまったのだろう。

未婚で年頃の女性と手を繋ぐなど破廉恥だとか言ってる場合ではなかったのだ。
幸村は後悔に拳を震わせながら、信玄を見上げた。

「お館様!」
「うむ、幸村!直ぐさま探しに掛かるぞ!」
「はい!お館様ぁあ!!」
「幸村ぁぁあ!!」


二人は同時に来た道を駆けて、瑜葵を探し始めた。






佐助に与えられた任務は、瑜葵の素性を調べる事だった。
才蔵が任されていたのだが、思ったより困難なことがわかり忍隊総出で調べることになったのだ。

瑜葵のような筋力も体力もない娘の足では、行動範囲は限られている。

佐助は地図上に出会った場所を中心に大まかな円を描き、その円のなかを重点的に探すことにした。

その中の、庶民以上の家を調査した。
裕福な商家、由緒ある貴族、館を構える武家。

その全ての、娘――取り分け、深窓や訳あり――を調べたが、特にこれと浮かぶものはなかった。

没落した家も念のため当たったが、残念ながら治癒能力を持つ姫はなかった。

そもそも、そんな姫が甲斐に居れば、間違いなく玉の輿狙いで幸村の元に一報来ただろう。

ろくな情報を得られない代わりに、非情に癇に障る噂は沢山知り得ることができた。

――武田が綺麗な娘子を養女にしたらしい
――何でも、傷を癒す手を持っていて、戦の時に拾われたとか
――あのお市の方に並ぶほど綺麗で、優しくて慎ましい性格ですって
――お嫁に、とか一目見たい、とかいう殿方が増えてるらしいわね

一番最後を聞いた時は、調査に同行していた配下の鎌之介の両肩を掴んで振り回した。

そして、瑜葵は下町に居る、ということは掠われるかもしれない危ない!という図式に思い当たり、佐助は決断した。

「俺様、帰るわ」
「……長、仕事は……」
「わかりませんでした、はい終了!はい皆帰宅、帰るよ」

ぱんぱんと手の埃を払って、佐助は烏を召喚する。

いいのだろうか。鎌之介は、ちょっと遠い目をした。
振り回されたせいで吐き気と目眩が酷く、ついて行けそうもない。

全力疾走する佐助は、もう遥か遠くにいた。




そして佐助が城下町についてすぐに見たものは。

泣いている瑜葵と、その側で泣かせている(様に見えた)前田の風来坊、前田慶次であった。

「まずはアンタかよ……!」

なにかが切れる音がした。



(櫛を入れて綺麗にした髪が)(ぼさぼさになってしまっている)(それが、ひどく哀しい)


「何やら寒気が致しまする」
「なんとなくだが、佐助が帰って来たような気がするのぅ」
「お館様もでござるか……某もでござる」

太陽は未だ頭上に来ていない。
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