個室
挨拶をしたあと、ハンジは準備をするといって食堂へ入って行った。
そして、モニカはリヴァイにその他の部屋を案内してもらう事になった。

絨毯が敷かれた階段というのは存外上りにくい。
スリッパですいすいと上っていくリヴァイが信じられない。

手摺をしっかりと握り締めながら、モニカは慎重に階段を上った。

「共同生活だからある程度のルールはあるが、おいおい知っていけ」
「……はい」
「それから、他のメンバーは夕食時に紹介する」
「他にもいらっしゃるんですか」
「ああ、俺とハンジを含めて十一人いる。混乱を避けるため、部屋に待機させてあるが」

そう聞いて、モニカは心底安堵した。

もしその人数で囲まれたら、今以上のパニックに陥っていただろう。
集団組織による誘拐かと思って、暴れまわったかもしれない。

リヴァイの判断に感謝して、モニカはほっと胸を撫で下ろした。

「お前は大人しいな」
「そうですか?」
「ああ。前の時は、大変なことになったからな」
「大変なこと、ですか」
「軽く乱闘騒ぎになった」

淡々とした言葉に、しかしモニカはぴしりと凍りついた。
乱闘騒ぎって、何があったんだ。

血気盛んな、たとえばヤンキーのような人が居るのだろうか。
もしそんな人がいたら、共同生活できるだろうか。

先行きに不安を覚え、モニカはしょぼんと項垂れた。

すると、大きな手が頭の上に置かれる。
そのまま、ひどく不器用な手つきではあるが、優しく撫でられた。

恐る恐る見上げると、相も変らぬ仏頂面のリヴァイと目が合った。

「心配するな。悪い奴はいない、俺が保障する」
「……リヴァイ、さん」

顔と物言いこそ冷たいが、存外優しい人なのかもしれない。
不器用なりに励ましてくれた事が、嬉しかった。

「ありがとう、ございます。リヴァイさん」

礼を言うと、リヴァイが僅かに目を瞠る。
しかし、何を言うでもなく、また階段を上り始めた。

モニカは慌てて、遅れないようにリヴァイの背を追いかけた。





階段を上りきった所は、エントランスを一望できるテラスになっていた。
シャンデリアが思いのほか近くに見えて、落ちてこないか心配になる。

階段を上りきってすぐ左側に、扉が並ぶ廊下が一本だけある。
ホテルでいうところの、各フロアのロビーといったところか。

リヴァイは躊躇う事なく、その廊下を突き進む。
その後を追いながら、モニカは好奇心からそれぞれの扉を観察した。

少し古びた木製の扉で、ドアノブは上品な丸の銀製だ。
そして、ナンバーがあるべきところに星座の模様が刻まれている。

「……星座?」
「ああ。各部屋の扉には十二星座の模様が刻まれている」

リヴァイが突然足を止める。天秤座の扉の前だ。
彼がモニカの星座を知っているはずが無いのに――彼は躊躇う事なく、そこで足を止めた。

「あの、どうして……私が天秤座だって、わかったんですか」
「わかったわけじゃない。空き部屋が此処だけだからだ」
「なるほど」

納得して、ふとモニカは首を傾げた。
モニカが抱いた疑問をわかったように、リヴァイが言葉を続ける。

「不思議なことに、今まで来た住人は皆違う星座でな。星座が被ったことは一度もない」
「不思議ですね……」
「ああ、不思議だ。だが、これ以上に不思議な事はもっとある」

心構えをしておけと言いたげな物言いに、モニカは目を瞬かせた。
しかし、心構えをしようにもどうしたらいいのかわからない。

モニカは適当に頷き、話の続きを求めた。

「俺達は一人につき一部屋、自分の部屋として宛がわれている。そこで思い思いに生活している」
「そして、空いているのが天秤座だけだったと」
「そういう事だ。違ったか?」
「いえ、合ってます」

一人につき一部屋、自らの星座の部屋が宛がわれる。
それはどこか作為的で、招かれる人の選別基準になっている気がした。

もし先に別の天秤座の人が招かれていたら、モニカは此処にいないのだろうか。
それとも、モニカだから選ばれ、部屋を宛がわれたのだろうか。

わからない事ばかりだが、考えても仕方が無い。
もう既に、モニカは『疑問を放棄する』事を覚えつつあった。

「今から部屋の説明をする」
「はい」
「まず、実家のお前の部屋を思い浮かべろ」
「……え?」

与えられた指令に、モニカは目を点にした。
聞き間違えたのだろうか。今、実家の自室を思い浮かべるよう言われた気がしたのだが。

「あの……ええと、それはどういう……」
「いいから思い浮かべろ」

戸惑いつつも、モニカは言われるままに自室を思い浮かべた。

基本的にグリーンで統一した室内に、好きな作家の本を詰めた本棚。
あとは勉強机とベッドが据え置かれただけで、他は何もない。

思い出してみて、モニカは悲しくなった。
あまりにも平凡な上に、女子らしさも突飛なところもない部屋だ。

「よし。じゃあ思い浮かべたまま、この扉を開けてみろ」
「は、はい」

もう訳がわからない。何がしたいのかわからないが、モニカはドアノブを捻った。
あっさりと開いた扉の向こう側には、――先程思い描いた部屋が、広がっていた。

「……え?」

この古めかしい洋館に相応しくない、現代的な部屋だ。
しかも、カーテンの模様も、机の汚れも、本棚の並び順すら全く同じだ。

偶然以上のものを感じて、モニカの肌が粟立つ。
これではまるで、モニカが来ることを予想した誰かが誂えたみたいだ。

「あの、……これって、一体」
「まあ、落ち着け。扉を閉めろ」

一旦は引いた混乱の波が、再び戻ってくる。
早鐘を打つ心臓を宥めつつ、モニカは扉を閉じた。

「次の質問だ。もし望めば何でも手に入るならば、お前は何が欲しい?」
「……はい?」

混乱しているところに、さらに謎が投げかけられる。
何がしたいのか、わからない。問う前に、説明してくれればいいものを。

腹立たしさすら感じつつ、それでもモニカは答えを考えた。

欲しいもの、と言われるとあまり思い浮かばない。
裕福な家だったからか、一人っ子だからか、もともと物欲がないのか。

モニカは今まで、CMを見ても、店に入っても、何かを欲しいと思うことが無かった。
たまに友達と外食して、遊んで、あとは生活に必要なものを買うだけだ。

「欲しいもの、ですか……」

欲しいもの。そういえば、好きな作家――ヒストリア・レイスの新作が出たはずだ。
まだ買っていなかったが、それが手に入れば嬉しい。

それから、新しいベッドがあれば嬉しい。寝心地最高の、ふわふわしたベッドだ。
睡眠はとても大切なものだから、ゆっくりと眠れるベッドがいい。

「想像できたみたいだな。そのまま開けてみろ」
「はい」

説明を求めることは諦め、モニカは扉を開いた。
そして、扉の奥に広がる光景に愕然とした。
先程と同じ、実家の自室と同じ、グリーンで統一された部屋がある。

否、同じではない。ベッドの材質と大きさが違う。
ふと見れば、勉強机の上にヒストリア・レイスの新作がちょんと載っている。

「……っ、あの、これ……!」
「……お前、物欲無いな」

いっそ感嘆した、といわんばかりの声音で感想を言われて。
モニカは説明のなさに怒るよりも先に、脱力した。
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