はじめまして
新しい居住者を見下ろし、リヴァイは目を細めた。

また、来た。今度は子供だ。まだ成人もしていない、頑是無い子供だ。
恐怖も知らず、疑問も抱かず、眠気の抜けきらぬ顔をしている。

気難しい性格でなさそうなのは、せめてもの救いか。
騒がしくなければ、いいのだが。目の奥に疲れを感じながら、リヴァイは階段を下りた。

ホールに柱時計の音が響く。一定の間隔で響くそれを、酷く耳障りに感じた。
それしか響かぬ静寂のときを知るからか。

十二人、揃った。何が始まるのか、――リヴァイは知らない。






冷たい眼光が突き刺さる。
先程の失言のせいなのか、リヴァイの目が冷たい。

視線を泳がせつつ、モニカはどうにか逃げ場を模索した。
しかし、モニカが適当な話題を持ち出す前に、リヴァイが口火を切る。

「お前。此処が夢だと思うか」
「……え?」

此処が夢だと思うか。そう問われて、モニカは目を見開いた。

「そういえば、私、いつの間にここに……」

最後の記憶では、モニカはうら寂れた公園にいた。
しかし、今居る場所はどう目を凝らしても公園には見えない。

高い天井と豪華なシャンデリアがやたら目を引く、少し古めの洋館だ。

「まさか、誘拐?!」
「誰が誘拐するんだ、テメェみてぇなチンチクリン」
「じゃ、じゃあ夢、ですか……?」

無言で頬を抓られる。想像を絶する痛みに、モニカはもろ手を挙げた。
しかし、誘拐でも夢でもないなら何だというのか。

少し考えた結果、モニカは致死量の血痕というニュースを思い出した。

「まさか、此処は死後の世界……?!」
「……。ならテメェはいつ死んだんだ」
「ですよね……」

どんな死に方をしても、その前に苦しみや痛みは訪れる。
凍死か老衰なら眠るようにして逝く事は出来るが、どちらもモニカには当て嵌まらない。

あからさまに呆れられた気配がして、モニカは項垂れた。

後はもう、モニカが寝ている間に公園が邸宅になったとしか思えない。
しかし、それを言えば容赦ない否定の言葉が返ってくるだろう。

説明を求めてリヴァイを見上げるが、彼はなかなか説明してくれない。
平然と腕を組んだまま、じっと見下ろしてくるだけだ。

モニカの頭の中で、思考が散逸していく。
考えても考えても、新しい可能性など思いつかない。

そんなとき、空気を裂くようにして階段上から声が響いた。

「ダメだよ、リヴァイ!そんな風に接したら、怯えるでしょ?」

驚いて顔を上げると、一人の女性が階段を降りてきていた。

年のころは二十歳くらいの、大きめの眼鏡とポニーテールが特徴的な人だ。

女性にしてはかなり上背があり、四肢はすらっとして長い。
着ているのは簡素なシャツとジーパンだが、不思議とさまになっている。

「ハンジ」

その人を見上げて、リヴァイは眉間に皺を寄せた。

「俺はただ、どうせ説明したものかと考えていただけだ」
「先に考えとかなきゃ。あれじゃただ威嚇してるようにしか見えないよ」

モニカが思っていたことを、女性――ハンジが言ってしまう。
リヴァイが怒ると予想し、モニカは思わず身を縮めた。

時事問題を取り扱うバラエティに出た時の彼は酷く怖かったからだ。
しかし、予想に反して、リヴァイは顔をしかめただけで怒りもしなかった。

「とりあえず、私が説明するよ。まず自己紹介からね!私はハンジ・ゾエっていうんだ、よろしくね」
「あ、はい。私、モニカです。よろしくお願いします」

差し出された手に形式的に応えながら、モニカは首を傾げた。
何をよろしくなのか、まるでわからない。

「……状況を整理してもいいですか」
「うん、いいよ」

軽やかにハンジが応えてくれる。
そこでモニカは眉間を指で押さえながら、今朝からの出来事を思い起こした。

朝食を食べ、新聞を読み、家を出た。
そして、登校途中の公園で、転寝をした。

目を覚ますとそこは見知らぬ邸宅だった。
しかも其処には現在行方不明で死亡説すら流れる有名人が居た。

そして現在、見知らぬ女性と向かい合っている。

「……やはり夢でいいですか」
「もう一回頬を抓られたいならそれでもいいが」
「なるほど、これは現実なんですね」

痛いのはさっきの一度きりで十分である。
すぐさま『これは夢』説を否定し、モニカは頭を抱えた。

「まあまあ、落ち着いて。此処は現実で間違いないよ」
「ハンジさん……」
「ただ、不思議なことがあってね。現実なんだけど、私もここがどこだか知らないんだ」
「……ご存じないんですか」
「うん。その上、この建物は不思議でさ、出口がどこにもないんだ」

モニカだけでなく、ハンジもまた此処が何処なのか知らない。
つまり、ハンジも自らの意志で此処に来たわけではないのだ。

しかも、ハンジ曰く出口がどこにも無いのだという。
確かに、このエントランスは酷く閉鎖的な雰囲気に包まれている。

見えない範囲、階段の奥や他の部屋には窓があるのかもしれない。
しかし、空気の流れがまるでない。それに、生活感もなくて、なんだか落ち着かない。

「出られないのですか」
「うん、出られない。幸いというか、どういうわけか、生活には困らないようにはなってるんだけどね」

外に出られないのに、生活に困らないのだろうか。
モニカが学校に行かなければならないように、ハンジやリヴァイにも職場があるはずだ。

そう考えた瞬間、モニカはそれをさして必要だと思えなくなった。

学校に行かなければ、社会的にマズイだろう。将来には確実に響くに違いない。
しかし、行かなければ即座に死ぬという事は無い。

衣食住が安定していて、治安が良ければ、人間は何にも困らず暮らしていける。
たとえそれが、誰かの意図によって閉じ込められた、出口のない館であってもだ。

「……帰れないの、ですか」
「それ、は……」

非道な現実を叩き付ける事を躊躇い、ハンジは言葉に詰まった。
代わりに、それまで沈黙していたリヴァイがきっぱりと応える。

「ああ。だから、今日からお前も此処で一緒に暮らすことになる。いいな?」

確認され、モニカは思わず笑みを溢した。

家に帰れない上に、見知らぬ館で赤の他人と暮らせといきなり言われて。
はいわかりました、と受け居られる人が、果たしてどれだけ居るだろうか。

けれど。此処には、人がいる。モニカの家には、誰も居ない。
赤の他人で、どういった人なのかはわからないけれど。

此処には、リヴァイやハンジがいる。モニカの家よりも、温かい。

「はい。これから、よろしくお願いします」

モニカはぺこりと頭を下げ、それから精一杯笑ってみせる。
すると、リヴァイたちは安堵の笑みを浮かべた。

「ああ。これからよろしくな」
「よろしくね、モニカちゃん!」


(家に帰りたいとも思わない)(それは、気付いてしまったから)(無人の家より、此処の方が温かいことに)
prev Index next
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -