関わるか否か
連れ立って歩きながら、ミカサはトリナの顔を見つめた。東洋人は、五年後から急激に人口が増えたウォール・ローゼ内でも珍しい。ミカサの住んでいたあたりでは、一人もいなかった。東洋人特有の、彫りの浅い顔立ち。自分以外の顔を見たのは、母を失ったあの日以来だ。
母と同じ東洋人だから、見覚えがあると思ったのだろうか。しかし、エレンも見覚えがあると言っていた。エレンは生きている母と会ったことはない。ならばやはり、別の何処かで会ったのだろう。それがどこなのか、いつなのかは、まだ思い出せない。


食堂に着いても、トリナの迎えは来なかった。それならば、トリナも食事しながら待てばいい。朝から怒鳴りつけられるのは御免なので、教官に告げに行く人は誰も居ない。

「……ねぇ、これって教えたほうがいいのかな」
「ああ、たぶん」
「食べ方を知らないんだと思う」

食事を前にして何もしないトリナを見て、エレン達は些か困惑した。軍人の食事は大抵、パンとスープだけだ。使うのはスプーンくらいで、食べ方がわからない料理では決してない。

「もしかして、食べ物だってわからないのかも」
「いや、それは流石にないだろ」
「……有り得るかも」

『食べる』という行為は、食べ物を食べ物と認識しなければできない。もし目の前にある物が食べ物なのか石ころなのかわからなければ、食べる前に確認する。そして、確認するには、食べられる物を知らなければいけない。もし知らなければ、確認できない。したがって、食べられない。
そもそも、トリナは確認という行動すら知らない。腹の虫が鳴ろうとも、食べられないのだ。ミカサはトリナの皿からパンをとり、一口サイズに千切った。

「トリナ、あー」
「あー」

ミカサが口を開けて見せると、トリナも同じように口を開いた。幼児は無意識に大人の動作を真似るが、それと全く同じ反応だ。その口に千切ったパンを入れ、閉じさせる。するとトリナは、もごもごと咀嚼したあと、飲み込んだ。

「これは、パン。こうやって、食べるの」

ミカサはトリナにパンを一つ持たせ、自分のパンを手に取った。それから、目の前で千切って食べて見せる。すると、トリナもミカサをまねて、同じように千切って食べた。力を入れすぎてパンが潰れているが、食べる分には問題ない。
トリナはそのまま黙々とパンを食べ始め、ミカサもまた自分の食事に戻る。顔立ちはあまり似ていないが、同じ東洋人だからだろう。二人並んで食事する姿は、姉妹か親子のように見える。しかし、それを快く思わないジャンは、トリナの様子をせせら笑った。

「調査兵団はパン一つ食べられない奴でも勤まるのか?保育園の間違いだったかな」
「あ?」

ジャンの発言に、エレンがガタンと音を立てて席を立つ。食堂内が一瞬で静まり返り、皆の注目が集まる。

「ジャン、今何か言ったか?」
「だって、おかしいだろ。日常生活もまともに送れないやつが兵士だなんてよ」
「それは……」
「ジャン。彼女が最初に乱入してきた日のこと、覚えてる?」

アルミンの問いに、ジャンは怪訝そうにしつつも頷いた。覚えているも何も、つい三日前のことだ。インパクトも相当だったから、はっきり覚えている。

「あの身のこなしは只者じゃない。きっと、彼女は相当の実力者だ」
「相当の実力者?靴も履けない奴がか?」
「根拠はあるよ。まず一つは、彼女の所属が憲兵兵団でも駐屯兵団でもなく、調査兵団であることだ」

トリナの行動は、軍人の統率から著しく逸脱している。その上、言葉による意思の伝達が満足にできていない。普通なら軍人不適格と見做され、開拓地に追いやれるだろう。
しかし、もしも。もしも彼女が、巨人を屠る才に長けていたならば。足りない部分を補ってなお有り余るほどの戦果を挙げているならば。

「調査兵団は実力主義だ。もし彼女が相当の戦果を挙げていたなら、排斥されない事にも説明が付く」
「非現実的な推論だな」
「そうかな?僕は納得できるけど」

ジャンは鼻で笑うが、反対にマルコは得心がいったように頷く。ライナーとベルトルトも確かに、と賛同の声を上げた。

「これだけ訓練兵団ともめても、罰せられていないみたいだし」
「教官も怒りはするけど、直訴はしないみたいだし」
「アルミンの説は一理ある、かもしれない。相当ぶっとんでるけど」
「ハッ、そんならその実力とやらを一度見てみたいもんだな」

ジャンは挑発するつもりでトリナの方に視線を移した。しかし、肝心の彼女は会話にはまるで無関心で、スプーン片手にスープと格闘していた。ミカサに持ち方を直されているのを見て、ジャンのやる気は一気に殺がれた。なぜか敗北感の漂う姿に、マルコ達が慌ててフォローを入れる。
彼の気持など預かり知らぬエレンとミカサは、さっさと食事を終えて食道を後にした。


早朝訓練を終えて戻ってきたミケは、本部の惨状に首を傾げた。床には書類や資料が散らばり、インクと花瓶の破片と水と花が飛び散っている。引き出しは全て引き出され、中を引っ掻き回したような跡がある。
まるで盗賊が家捜ししたような荒れようだ。事情を知るため、ミケはその惨状の中に踏み入り、物音がする奥のほうへ向かった。

「何処行ったのトリナ――ッ!」
「分隊長落ち着いてください、人間は金魚鉢には入りません!」
「でも、あの子なら……」
「入りません!いつからトリナは小人になったんですかっ」

エルヴィンの執務室から聞こえてきた声に、ミケは思わず足を止めた。今の会話で、大体の事情はわかった。この惨状を作ったのが誰なのかも理解した。理解して、ミケは素早く踵を返し給湯室に向かった。
トリナが絡むと、ハンジは人が変わる。野生の親熊が子を守るときのように、全力で守ろうと暴走する。暴走とはいっても、少し前までの、巨人への憎しみに囚われていた頃の暴走に比べればずっとましなのだが。

それでも、まともに被害を受けるとわかって渦中に飛び込みたくはない。被害など歯牙にもかけないリヴァイやエルヴィンならまだしも。分隊長補佐官モブリットの悲鳴をよそに、ミケは自分の分のコーヒーを淹れて現場を離れた。
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