誰もが辛い
「あいつは何処に居るんだ」

諦めの悪いギルベルトに、ローデリヒは溜息をついた。此処まで椿に拒絶されておいて、まだ食い下がるか。普通なら此処までされたら、ブチ切れて去っている。

「それを聞いて、どうするんです」
「《KoG》で保護するんだよ」

ギルベルトの発言に、ローデリヒは心底呆れた表情を浮かべた。

「彼女が何のために貴方とのフレンド登録を消したと思っているんですか」
「何のためって、……おいまさか」
「そのまさかです。少しは頭をお使いなさいお馬鹿さん」

フレンド登録していれば、追跡マップで居所を知ることができる。だから椿はフレンド登録を消した。

「安心しなさい。彼女はおめおめと命を差し出すほど愚かではありませんから」

《黒衣の騎士》を知っているのは、第一層からボス戦に参加している者だけだが、大半は此処に至るまでに死んでいる。そして、生き残っている者にとって、その存在はある種のタブーとなっている。ある真実が明るみになった、その日から。

「なんで、一言くらい相談しねぇんだよ」
「したら意味がないからに決まってるでしょう、お馬鹿さん」
「わかってるっつーの!それでも、俺は相談してほしかったんだよ悪ぃか!」

やけっぱちに怒鳴り付け、ギルベルトは転移結晶をストレージからオブジェクト化させた。

「帰る。邪魔したな」
「そうしてください。些事に囚われていては、次のボス戦にも支障を来しますから」
「ああ。そっちの会議については後日メールを送る」

ギルベルトが《圏内事件》で留守にしていた間も、迷宮区のマッピングは進んでいた。三日以内には調査隊を出してボスの情報を掴み、それをもとに作戦会議を開くことになる。

「転移、『フベルトゥスブルク』」

視界が白い光に包まれる。靴に感じる感触が、絨毯から石畳の固い感触へと変わっていく。目を開くと、視界には見慣れた風景が広がっていた。白い壁に赤レンガ、熊の毛並み色した格子模様。威圧感のある、重厚なゴシック模様の教会の屋根が遠くに見える。四十層主街区『フベルトゥスブルク』の朝が、どうしてか目に滲んで辛い。



コーヒーを淹れに行こうとしたエリザベータは、背後から聞こえた溜息に思わず立ち止まった。ローデリヒは心が落ち着かない時、それを飲んで落ち着こうとする。しかし、今はコーヒーよりも話し相手を求めているような気がした。
ドアノブから手を離し振り返ると、ローデリヒは椅子に深く腰掛けて虚空を見つめていた。その横顔は精彩に欠け、少しだらけて見える。いつも凛として振る舞う彼が、エリザベータにだけ見せる姿だ。

「相談されたかった……ですか」

ぽつりと呟いたあと、ローデリヒの口元が皮肉っぽく歪む。

「私は相談なんてされたくありませんでしたよ。こんな偽りを背負うくらいなら、相談なんてされたくなかった」
「ローデリヒさん……」

ローデリヒの背負った重責を想い、エリザベータは声を震わせた。辛いのは誰も同じなのだ。相談されなかったギルベルトは、信頼を裏切られた。相談されたローデリヒは、皆を欺く罪を背負わされた。
既に多くのものを背負うローデリヒにとって、この罪もまた重くのしかかる。誰よりもローデリヒの傍に居るのに、エリザベータには何もできない。その苦しみを取り除いてやることも、代わりに背負う事も。何もできないこと、それがなによりも悲しい。

「貴女がそのような顔をする必要はありません、エリザベータ。私は大丈夫です」
「いいえ。悲しまずにはいられません」

どうして彼ばかりがこうも重荷を背負うのか。昔はもっと、草原を馬で駆け回れるくらい、自由だったのに。今のローデリヒは皆に身勝手な期待と責任を押し付けられ、優しさゆえに拒むことも出来ず、雁字搦めになっている。
それを歯痒く思いながらも、エリザベータにはどうすることも出来ない。彼がもう嫌だと言ってくれたら、すぐに此処ではない何処かへ攫って行くのに。彼が願うのは皆の安寧で、その為に耐え忍ぶ道を選ぶから。エリザベータには、何もできない。ずっと、ずっと、ただ傍で見ている事しかできない。
堪え切れず、エリザベータは両手で顔を覆った。一番大切で大好きな人に、泣き顔なんてみっともなくて見せられない。真っ暗な視界の中で、不意に、温かな手が髪を撫でた。

「泣かないでください、エリザベータ。私は貴女の涙に一番弱いのですよ」
「う、でも、……っ」
「……どうしても、心配だというのなら。どうか、笑ってください」

エリザベータの緩くウェーブした髪を撫で、ローデリヒは微笑んだ。心優しく、気配りのできるエリザベータが傍に居てくれる。それだけで、世界は優しくなるのだ。気苦労ばかりで息の詰まる日々も、エリザベータと二人でいるときだけは、苦しみを忘れられる。
出来るなら、いつも笑っていてほしい。その笑顔で癒してほしい。エリザベータが笑顔でいてくれるなら、頑張ろうと思える。ローデリヒにとって、エリザベータはかけがえのない人なのだ。意気地がないせいで、未だ結婚はおろか交際すら申し込めていないが。

「貴女の笑顔は、私にとって魔法のようなものなのですよ」

驚いてぱちりと目を見開くエリザベータに、ローデリヒは知らず微笑みを浮かべた。

「笑っていてください、エリザベータ」
prev Index next
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -