為人
ギルベルトが怒り心頭で駆けつけることはわかっていた。ふざけた言動をしていても、彼自身は決してふざけた人間ではない。正義の塊と謳われるローデリヒよりも、彼の正義感の方がずっと強く気高い。慈愛の象徴と称えられるローデリヒよりも心優しくて、曲がったことが嫌いだ。

事前に相談したならば、彼は絶対に首を縦に振らなかっただろう。だからこそ、ローデリヒと椿は彼に黙って公式発表を出したのだ。今頃はどこか人のいないところに姿を隠しているだろう彼女を思い出し、ローデリヒは溜息をついた。彼女は全ての責を被る代わりに、ギルベルトへの説明を押し付けていった。
逃げたのだ、彼女は。初めて、逃げた。その事実を、ローデリヒは心の底から喜んだ。


「貴方が来ることは予想していました」

絨毯の上に胡坐をかき、心底忌々しげに視線を寄越すギルベルトを前に、ローデリヒは繰り返した。その声には、重責を背負った苦しみが滲んでいる。執務机につく姿に開き直った風はなく、表情も疲れからやつれて見えた。その声音と態度から、ギルベルトはあの発表は彼にとっても本意ではないのだと悟った。

「一から、順に説明しろ」
「……昨晩、貴方は此処に来ましたね」
「ああ。其処にいるフライパン女に追い返されたけどな」

嫌味たっぷりに示され、エリザベータは思わずびくっと肩を揺らした。あの時点で既に、ギルベルトは欺かれていたのだ。

「私がそう指示したんです。彼女の希望でしたので」
「彼女?」
「彼女ですよ。貴方と共に今回の事件の調査をした人――《閃光》、本田椿です」

時遡ること、十時間前。深夜十時ごろ、就寝前のローデリヒに一通のメールが届いた。それは同じ層にいるプレイヤーで、相手のキャラクターネームさえ知っていれば送れる簡易メールだ。差出人は椿、内容は《圏内PK》について話したいことがあるとのことだった。そして、不手際でオレンジになってしまったため、人目を避けて会いたいとあった。

ローデリヒはすぐさまエリザベータに指示して、人目に付かないよう裏手から彼女を招き入れた。そして、今まさに三人がいるこの部屋で、彼女は開口一番、ギルベルトを追い返してほしいと言った。自分達が会ったことも教えないでほしいと。
訝しく思いつつも、ローデリヒはすぐさまエリザベータにそうするよう指示した。椿に、なぜそうしてほしいのかと聞く必要はなかった。ギリギリの状況下で彼女が動くとき、それは決まって誰かを救うためだと確信していたからだ。

「なんであいつがそんなことを……」
「貴方が絶対に承諾しないとわかっていたからですよ」
「承諾?何をだよ」
「私が独断で発表した内容を、ですよ」

ローデリヒは《軍》としての正式発表で、事件の原因や目的を偽った。そして、今回の事件の非を全て《黒衣の騎士》なるビーターに押し付けた。ビーターがいたからこんな怖い思いをしたのだ、と。全ては《黒衣の騎士》というビーターのせいだ、と。
そこには、プレイヤーの誰もが持つビーターに対する憎悪と侮蔑をくすぐる心理的戦略がある。そして、人の意識は簡単に自分にとって都合のいい方に動く。格好の餌食を与えられれば、誰もがそれに飛びつく。アイドルプレイヤーであるフランシスやアントーニョよりも、ビーターの方が憎みやすい。だから誰もがビーターである《黒衣の騎士》を憎むだろう。

「彼女には、貴方はそんな事を認めないとわかっていたんです。だから貴方を遠ざけたんです」
「……」

ローデリヒの言葉に、ギルベルトは唇を噛み締めた。確かに、椿の読み通りだ。もし事前に聞いていたら、ギルベルトは絶対に首を縦に振らなかった。事実を偽ることにではない。《WEU》の指輪事件を公表するわけにはいかないから、どのみち事実は偽らざるをえなかっただろう。
ギルベルトが許せないのは、一人に全ての憎悪と責任を押し付けるというやり口だ。確かに、それで全てがわかりやすい形で、理想的に丸く収まるかもしれない。しかしそれは、全てのために一人を犠牲にすると言うことだ。無差別に選んだ一人を全員で苛めることで、クラスの団結を図る。そんな卑劣で姑息で陰険な、本当の弱虫がよくやる『弱い者いじめ』のようなやり口が許せないのだ。
その選ばれた一人が、椿となればなおさらだ。《圏内PK》と指輪事件を解決し、フランシス達三人を助けた彼女が、槍玉に上げられるなんて許せるはずがない。

「私は、彼女に問いました。貴女はそれでいいのですか、と」

提案する彼女に、ローデリヒは思わず問いかけた。全ての責を負うことになってもいいのかと。下手をすれば中下層のプレイヤーから憎まれる対象となるかもしれない。憎まれるだけでなく、攻撃される恐れもあるのだ。

「彼女は言いました。構いません。その方が、丸く収まるでしょう、と」
「……」

そして、椿は笑って言った。憎しみを背負う事には慣れている、今更だ、と。実際、それはもう今更のことだ。彼女が――《黒衣の騎士》が憎しみを背負ったのは、今回が初めてではない。感覚としては遠い昔だが、記録としてはたったの一年前。第一層のボス攻略時に、彼女は黒いコート共に全ての憎悪を背負ったのだ。ローデリヒが放った、配慮無い言葉一つから守るために。ベータテスターとローデリヒを、守るために。

「彼女は――椿は、そういう人なんですよ。気付きませんでしたか?」

ローデリヒの言葉に、ギルベルトは目を伏せた。気付いていたと返すには、ギルベルトはあまりに椿を知らなさ過ぎた。
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