二つの証
「待てよ。シャルル」

敵意を孕み、凍てつき凄みを増したフランシスの声音に、シャルルは足を止めた。そして、一呼吸したあと、何食わぬ顔で振り返った。

「なんだい、フランシス君。まだ、何か言いたいことが?」
「お前、今自分が何言ったのかわかってんの?」
「勿論だとも」
「お前は、指輪をどうするかで揉めた時、あの子が何て言ったか覚えてないの?」

フランシスの問いかけに、シャルルは怪訝な顔になった。しかし、アーサーとアントーニョはその言葉で理解できたらしい。加勢するように彼の傍に立ち、シャルルを睨みつけた。

「俺は今でも、一字一句間違えずに暗唱できる。俺は、ギルドで一番強いのはジャンヌだから、ジャンヌが付ければいいって言った。でも、……っ」

フランシスが面を上げ、シャルルを睨み付ける。激しい怒りを湛えた目から、千筋の涙を流しながら。

「あの子は、ジャンヌは笑って言った。『HAOでは、片手に一個ずつしか装備できない。私は右手にギルドリーダーの印章を装備している。左手の結婚指輪は外せないから、装備できないわ』って、あの子は、そう言ったんだ!」
「……っ」

フランシスの言葉に、初めてシャルルの顔に焦燥が浮かぶ。それは陥落の兆しだった。そして、彼に反論の余地がないことを露呈していた。

「そない言うたリーダーが、どっちかを外してレアアイテムを試そうやなんて、するはずないわなぁ」
「シャルル。これでもまだ何か反論できるか?」

アントーニョとアーサーが、敵意も露わに畳みかける。シャルルはその中性的な美貌を苦々しげに歪め、そしてはたと何かに気付いたような表情を浮かべた。しかし、シャルルが何かを言うより早く、フランシスが動いた。アイテムウィンドウを開き、小さな箱をオブジェクト化したのだ。

「それは?」
「《永久保存トリンケット》だよ」

《永久保存トリンケット》とは箱アイテムの一種だ。マスタークラスの細工職人にしか作れないアイテムで、中にある物の耐久値を減らなくする効果がある。しかし大きさには上限があり、トリュフチョコが一個入るくらいの小さい箱しか作れない。フランシスが取り出したそれも、ナッツが二粒入るくらい小さい。
その箱の装飾を見た瞬間、椿は言葉を失った。見覚えがあるどころではない。この手の中で、悩みながら、延々と見つめたものだ。どこかで失くしたと思っていたのに。フランシスは驚愕する椿に一瞬だけ視線を向け、すぐにシャルルに戻した。

「俺達があの子の死を知った日、一人のプレイヤーが来た」

《生命の碑》を確認したフランシスとアントーニョは、ギルドホームで待機しているメンバーの元に戻った。その時、一人のプレイヤーが《WEU》を訪れた。そのプレイヤーは、フランシスたちの前に幾つかのアイテムを並べた。剣、プレートアーマー、白いシャツに黒いリボン、赤いスカート、その他細々したもの。すべて、あの日のリーダーが身に付けていたアイテムだった。所有者の名前は死んだ時点で消えているが、見間違えようはずもなかった。
そのプレイヤーはたまたま《圏外》で見つけ、あの子のものではないかと思い持ってきたのと言った。フランシスたちはそれらの遺品を、今いるこの墓の前に埋めた。そして剣を墓の前に備え、耐久値が消えるに任せた。だから今は、あの子の遺品はすべて消えている。

「でも、俺は忘れたくなかった。胸の痛みも悲しみも、時間が消し去る。そうしたら、俺はあの子を忘れてしまう気がしたんだ」

墓の前に一人残された時、フランシスは漠然と感じた。あの子を忘れて、楽になりたいと思う自分がいることを。忘れまいと泣く自分が居る一方で、この悲しみや辛さから逃れたいと思う自分がいることを。

「忘れたくなかった。忘れちゃいけなかった。だから、俺はあの子の形見になるものを持とうと思って、掘り返したんだ」

あの子のものだとわかる何かを、手元に置きたかった。NPCショップで買える衣類やアーマーではなく、あの子だけのものを。皆で埋めた遺品を、フランシスは一人で掘り返した。そして、あの子の遺品の中で、唯一彼女のものだとわかるものを、持ち帰った。
フランシスは《永久保存トリンケット》をひっくり返した。きらりと輝くものが二つ、フランシスの手の平に落ちる。そのうちの一つを摘まんで、フランシスは皆に見えるよう掲げた。

「これは、《WEU》のギルドリーダーの印章だよ」

指輪の中央には、星で描かれた円のなかにWEUという文字が刻まれている。丁寧な職人細工が光る品で、決して質素には見えない。一目見ただけで、リーダーがギルドの絆を何より大切にしていたのだとわかる。それを見つめるフランシスの目が、何かを堪えるように歪められる。

「それで、これは、……これは、あの子がいつも付けてた、結婚指輪だよ。裏には、あんたの名前も彫ってある」

こちらは黄金に煌めくリングだ。装飾の全くない、ただの細身のリングだ。宝石の大きさが愛とは言わないが、地味すぎる気がする。先程の指輪に比べて、この指輪は余りにも素っ気なさ過ぎた。

「この二つが此処にあるっちゅうことは」
「《圏外》であの子が死んだとき、その両手にはこの二つがあったってことだよな」

もしもリーダーが死んだとき、レア物の指輪をしていたならば。この二つのどちらかはアイテムストレージに入っていて、シャルルの手元にあるはずなのだ。その二つがフランシスの手にあるということは、かつてリーダーの指に在ったということだ。そして、件のレア物の指輪はシャルルの手元にあることになる。

「これでも、これでもまだお前は、しらを切り通すのか?!なあ、弁明してみせろよ、シャルル!」

フランシスの哀哭にも似た叫びに、シャルルは俯き、がくりと頽れた。彼は全身で自らの罪を認めたのだ。フランシスもまた、傷付いた表情でがくりと頽れた。そして、二つの指輪を握り締めた両の手に額を押し付け、泣き崩れた。怒りの涙ではなく、悲しみの涙を零して。

「なんでだよ、なんでお前があの子を殺すんだよ……っそんなに、金が欲しかったのかよ?」
「……金?」

シャルルがアイテムストレージを開き、大きな革袋をオブジェクト化させた。どすんと大きな音を立てて落ちたそれの中から、ざくざくと金貨が零れ落ちる。

「それはあの指輪を換金した金だ。一銭も使っていない」
「金目当てじゃないってのかよ?」
「そうだ。金なんて必要ない。殺さねばならなかったんだ、あれが私の妻であるうちに」

シャルルはアーサーを見上げ、何かに取り憑かれたような表情で滔々と語り始めた。
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