- 弁論開始
《閃光》は何故礼を言ったのだろう。彼女は知っていたのか。イヴァンが今回の事件を調べていた事を。《WEU》のリーダーを殺したレッドプレイヤーを、この手で殺めた事を。『紋章』を手に入れたその足で、シャルル・ヴァロワを殺すつもりだったことを。
「ねぇ、ライヴィス」
「は、はい。なんでしょうか」
「向日葵、買ってきて。僕、あの花が好きなんだ」
ひまわりのように、真っ直ぐに、空を見上げていた彼女。その姿は、嫌いじゃなかった。
「ずっと見ていたかったのに、なぁ」
彼女は死んでしまったから。もう、見ることはできない。だけど。
「もう一つ、見つけた」
同じように、空を見上げる向日葵を。
組体操の末に帽子を救出したアーサー達は、メールを送ったきり静かな椿に視線を向けた。危険は去ったはずなのに、彼女の表情は険しいままだった。それはまだ終わっていないことを示しており、三人は彼女が視線を向ける方を振り向いた。月の光すら届かぬ深い森、その奥にプレイヤーのカーソルがある。
フレンド登録しているプレイヤーのカーソルには名前やギルド名が表記される。森の奥のカーソル二人には、名前が表記されていた。
「ギルと、シャルル?」
「ギルベルトさんと居るのは、シャルル・ヴァロワなんですね」
「そうやでー」
椿はシャルルと面識がない。そのため、彼女にはギルベルトと見知らぬプレイヤーのカーソルしか見えなかった。
「そう、ですか……」
やはり、考えは当たっていたのだ。シャルルが彼女を殺した。そしてフランシス達を欺いた。これからその事実を話さなければならないのだと思うと、気分が暗くなる。しかし、話さなければこの事件は終わらない。
「なぁ。お前、なんで此処に来たんだ?あいつらが来ること、知ってたのか?」
「いいえ。ただ、おかしいと思ったんです」
椿は溜息をついて、三人に向き直った。これから事のあらましが語られると察したのだろう、三人とも表情が硬い。
「私がおかしいと思ったのは、《WEU》の指輪事件の事でした――」
全ての説明を終えた頃には、二人のプレイヤーのカーソルはかなり近付いてきていた。それぞれショックが大きかったらしく、誰も何も言わない。無理もないことだ。彼らはシャルル・ヴァロワのことを、妻を殺された被害者だと信じてきた。本当は妻を殺した犯罪者であり、イヴァンを寄越した影の黒幕だと言われても困るだろう。信じられない、信じたくないと思ってもおかしくはない。
部外者の椿ですら、信じたくはなかった。しかし、全てのシステム的要素が、これが真実だと訴えてやまない。感情で否定した所で、事実は変わらない。変わってなどくれない。死者を返してと祈ったところで、システムが返してはくれないように。それは、フランシス達も理解してるのだ。ただ感情が追い付かないだけで。
「そんな、そんな筈ないよ。椿ちゃん」
「フランシスさん」
宥めるように呼びかけると、フランシスは激しく頭を振った。否定するように、耳を塞ぐように。
「だって、あの二人は本当に愛し合ってたんだ。いつも一緒で、にこにこ笑ってて、幸せそうで、だから……っ」
「それでも、シャルルがリーダーを殺したんです」
言い募るフランシスを遮り、椿は森の方を示した。先程は遠かった二人の姿も、もう目視できる距離にあった。その姿を見て、フランシス達は愕然とした。両手を挙げて歩くシャルルと、その首筋に剣先を突き付けるギルベルト。まるで罪人と、罪人を引っ立てる役人のよう――否、本当に罪人と役人なのだ。
フランシスが、掠れた声で嘘だ、とつぶやく。その声は虚ろに響き、誰に拾われることもなく消えた。森を抜けると、ギルベルトはその場を一瞥して椿に視線を向けた。
「レッドはどうした?」
「《ひまわり》が来ていたので、交渉して撤退してもらいました」
「チッ……やっぱ裏で黒い事やってやがったか」
舌打ちし、ギルベルトは連れてきた罪人を睥睨した。
「こいつ、森の中に隠蔽スキル付のテントを立てて隠れてやがった。双眼鏡で成り行きを見てたくせに、助けようともせずな」
「私は武器を持っていないんだ。《攻略組》でもない。助けに行けと言うのは無理があるよ」
素早く反駁し、シャルルはフランシス達に微笑みかけた。柔和な微笑みは昔と変わらないけれど、彼らにはもう悪魔の笑みにしか見えなかった。
「シャルル、……本当に、お前、……あの子を」
フランシスの問いに、シャルルの表情が強張る。しかし次の瞬間に呆れたと言わんばかりに溜息をついた。
「誤解だよ。私は鍛冶屋として顛末を見なければならないと思っただけで」
「確かに、お前が《ひまわり》を呼んだ証拠はどこにもねぇな」
事実を明らかにしようとしても、《ひまわり》が口を割るとは思えない。シャルルのメール履歴には、彼らとの中継役であるプレイヤーの名前があるだろう。しかし、椿もギルベルトもそれが誰なのかを知らない。HAOのメールシステムは、宛先の履歴は見られるものの、内容はわからない。メールの遣り取りがわからなければ、彼の企みを明らかにするのは不可能だ。
「だから、今回の事に関してはとやかく言わねぇよ」
「でも、《WEU》の指輪事件の犯人は間違いなく貴方です。シャルル・ヴァロワ」
「推理は聞いたよ。面白い推理だとは思った」
椿がフランシス達に説明したように、ギルベルトも彼に説明したのだろう。妻であるリーダーが死んだ時、彼女のアイテムは夫であるシャルルの元に行った。件の指輪も、システム的に考えて、彼が手に入れたことは疑いようもない。そして、それをメンバーに隠した理由として思い当たるのはたった一つ。彼が指輪を手に入れるために、レッドに依頼してリーダーを殺させたからだ。そして、冷酷な鉄面皮で被害者を装い、メンバーを欺いたのだ。
「しかし、君の推理は間違っている。私は指輪を手に入れてなどいない」
「証拠は?」
「ない。多分その時、指輪はストレージになかったんだろう……例えば、彼女が装備していた、とかで」
シャルルの指摘に、椿は息を呑んだ。その可能性を考えていなかった。もしもリーダーが死んだときに指輪を装備していた場合、指輪はストレージにない。リーダーの死んだ場所に、ドロップアイテムとして転がることになる。
「私達が彼女の遺品を拾った時、指輪はなかった。たぶん、レッドが持って行ったんだろうね」
勝ち誇るように笑みを浮かべ、シャルルはくるりと踵を返した。その背を睨み、椿は顔を歪めた。引き留めるだけの反論が思いつかない。その時リーダーが指輪をしていたかどうかなど、今となっては誰にもわからない。リーダーを殺めたレッドなら、指輪を奪ったかどうかわかるかもしれないが。
拳を握りしめ、椿はギリギリと歯を食いしばった。此処まで追いつめたのに、最後の最後で逃がしてしまう。申し訳なさと腹立たしさで涙が滲み、椿は目を伏せた。もう誰にも彼を引き留められないと、諦めていた。
「待てよ。シャルル」
それまで俯いていたフランシスが、シャルルを呼び止める。その声は冴え冴えと凍てつき、ぞっとするほどの怒りに満ちていた。
「待てよ」