赤い雪
《圏内PK》の方法とこの事件の目的を聞いたアーサーは、目を細めて墓碑を見つめた。騙されたことは少しばかりショックだったが、怒りはない。なによりも、フランシス達の強い気持ちに負けた。彼らはリーダーを本当に大事に思っていたのだ。彼女を慕い、彼女の死を本当に悲しんでいたからこその行動に、アーサーが勝てるはずもなかった。

「なぁ。そのメモの差出人、本当に知らんの?」
「何だよ、まだ俺を疑ってるのか?」
「やってなぁ、そのメモだけが手がかりなんやもん」

HAOのメモ類は基本的にゴシック体表記だ。筆跡などはなく、署名がない限り誰のものかはわからない。

「俺以外に心当たりねぇのかよ」
「そうだねぇ……指輪を売った金で不自然なレベルアップしてると考えたんだけど」
「アルフレッドとお前だけや、急激なレベルアップしたのは」

他のメンバーは皆、中層プレイヤーの辺りだ。アルフレッドとアーサーだけが不自然なまでにレベルアップし、《攻略組》に名を連ねていたのだ。

「お前らアルを疑ってんのか?!」
「いや、全然。だって彼、俺らの味方やし」
「はぁ?」
「本当は俺が二番目、アルが三番目の被害者の予定だったんだけどね」

フランシスが椿を巻き込んだことで、予定を変更せざるをえなくなった。なにせ、彼女の背後には《鉄壁のディフェンス》ラン・ハーグがいる。彼は椿を本当の妹のように思っており、彼女に迫る危険は絶対に見逃さない。もし彼女を案じてランが動けば、計画に支障が生じてしまう。仕方なく、アルフレッドはランを抑制するために動いた。現在も彼はモナコの家でランを監視している。

「でも、お前ら疑心暗鬼になってたんだろ?別々のギルド入ってたし」
「ああ、それは単に趣味が違っただけの話」

アントーニョはトマト中毒の禁断症状を抑えるために、トマト畑を作り始めた。フランシスはHAOに自分を引き立てる服ないことを不満に思っていたので、自分で作ることにしたのだ。つまり、不仲でもなんでもなく単なる趣味の違いだったのだ。

「俺達はガキの頃からの悪友や。互いの事なら、玄関の鍵の在処からトイレットペーパーの在庫の場所まで知っとる仲やで?疑うわけないやろ」
「トーニョ、その表現微妙だよ。せめて日記の在処とか週替わりするトランクスの柄とかにしてよ」
「それのが微妙だろばかぁ!」

思わずツッコミを入れ、アーサーはハッと息を呑んだ。

「おい、待てよ。おかしくねぇか?」
「ん、何が?」
「だってよ、犯人はアルでも俺でも、お前らでもないんだろ?」

フランシスとアントーニョ、アルフレッドは犯人ではない。犯人ではないからこそ、こんなことをしてまで真実を求めたのだ。アーサーは自分ではない事を知っている。ならば、《攻略組》に属す者は誰も犯人ではないということになる。

「指輪を奪った奴は、なんでその売却金を使わねぇんだ?」

HAOは現実世界と違い、通貨の価値はシステムによって一定に保たれている。したがって、金――コルを貯めたところで何の得にもならない。

「犯人は金目的じゃないのか?ならなんで、リーダーを殺してまで指輪を奪う必要があったんだ?」

それ以前に、犯人は誰なのか。中層にいる元メンバーの誰かなのか。アーサーの知る限り、中層にいるメンバーは人を殺せるような奴ではない。気弱で弱虫な者か、アタラクシアに半分飛んでる者だけだ。しかし、犯人は《WEU》内に居る。リーダーが指輪を持っていたことは、ギルド内の者しか知らないのだから。
アーサーは必死に頭を回転させ、犯人となりうる人物を探した。犯人が使ったメモやポーチに触れたのは自分一人だ。手掛かりを見つけられるとしたら、やはり自分だけだろう。

何か手がかりはなかったか。何か、犯人につながる何かが。ぐるぐると記憶を反芻していたために、アーサーは背後に現れた人影に気付くのが遅れた。足元に差した大きな影に気付いて振り返った時には、遅かった。棒のような武器がアーサーの頬を打ち、強い衝撃で吹っ飛ばされる。

「ぐあ……っ」

墓標を越えて樹木にぶつかり、アーサーは呻いた。視界の端で、自分のHPがぐっと一割減少する。衝撃でぐらぐらする頭を抑えながら、アーサーは攻撃してきた人物を見据えた。

「て、めぇ……っ何しやがる!イヴァン!」
「ふふ、しやがる、だなんて口が悪いね」

イヴァン・ブランギンスキ。ギルド《ひまわり》のリーダーで、《攻略組》に名を連ねるプレイヤーだ。熊のような体格をロングコートに包み、いつも手に水道管を携えている。少し癖のある金髪に紫の瞳、体格にそぐわぬ幼げな面差しをしている。
性格はとても純朴だが、同時に子供染みた残酷さをも覗かせる。常に黒い噂の絶えない人物で、実質レッドだろうと言われている。実際、彼はグリーンのアーサーを躊躇いもなく攻撃した。その結果カーソルがオレンジになろうと、動揺一つ見せない。

「説明しやがれ、イヴァン!どういう了見だ!」
「うるさいよ、アーサー君。静かにしないと、お仲間の首が飛ぶよ?」

イヴァンの言葉に、アーサーは慌ててフランシス達の方を振り見た。二人とも地面に倒れている。二人のHPカーソルの周りが点滅している。麻痺毒だ。HPが減っていないところを見ると、猛毒は使われていないらしい。しかし、二人の首筋には剣先が向けられている。剣を持つのはギルド《ひまわり》のメンバー、ライヴィス・ガランテとエドァルド・フォンヴォックだ。
ライヴィス・ガランテ。臆病な少年で、いつも涙を浮かべてガタガタ震えている。今も、真っ青な顔でフランシスの首に剣を向けている。エドァルド・フォンヴォック。理知的な青年で、四角いメガネと端正な面差しが特徴的だ。ライヴィスとは対照的に、無表情でアントーニョに剣を向けている。

「チッ……やっぱ黒いことしてやがったのか」
「え、何のこと?」
「何のことって……」
「僕はただ、欲しいものをもらいに来ただけだよ」

そう言って、イヴァンが足元に転がる何かを拾い上げた。月明かりに照らされたそれは、アーサーの三角帽子だ。それを見た瞬間イヴァンの意図が読め、アーサーはざっと青ざめた。

「ッテメェ!返しやがれ!」
「動かないで。動いたら、その二人を殺すよ?」
「……っ」

歯を食いしばるアーサーに、イヴァンはにっこりとほほ笑んだ。それは無邪気な子供のようなのに、邪気に塗れたおぞましい笑みだった。

「僕ね、ずっとギルドホームが欲しかったんだ」

アーサーの三角帽子をくるくると手の中で回しながら、イヴァンがそうつぶやく。

「君のホームみたいな場所なら、……皆逃げ出したりしないよね」

逃げ出さないのではない。逃げ出せないのだ。船を出したところで、荒波を越えることも出来ずに沈むのだから。

「これ、君の城の《紋章》だよね。これがあれば、あの城も船も僕のものだ」

嬉しそうににっこりと笑い、イヴァンが三角帽子を被る。その様子を、アーサーはありったけの憎悪を込めて睨み付けた。その手が腰の剣に伸びる。

「テメェ……今すぐ返せ。刻むぞ」

ぞっとするほどの殺気を放中央、アーサーはレイピアを抜き払った。それを見た瞬間、イヴァンの背後に半分透けた背後霊が現れる。エクストラスキル《冬将軍》の顕現だ。マントと兜を付けた初老の男性で、険しい顔つきをしている。その灰色のマントが翻るたびに、肌が粟立つほど冷たい風が吹き付けてくる。イヴァンが仕込み水道管《サモセク》を握り締め、蛇口のついた先をアーサーに向ける。

「……仲良くなれない子は、要らないよね?」

子供っぽく、どこまでも無邪気で――どこまでも残酷に響いた。
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