もう一つの真実
《KoG》団長からの返事は早かった。離婚時のアイテム分配方法は幾つかある。自動で等価分配する方法、リスト順に交互に分配する方法。それからパーセント値で偏った分配をすることも可能だ。これは慰謝料を発生させる場合に使う。
しかもこれらすべては双方の合意なしには成立しない。もし片方が合意しなければ、何をもってしても離婚は成立しない。どうしても別れたい場合に使う方法もあるにはある。自分ゼロ、相手百の分配方法だ。その方法でのみ、無条件の離婚が可能となる。

「でも、二人分のアイテムなんて一人分のストレージに収まりますかね」
「それについても説明があるぜ。入らない分は足元にオブジェクト化してドロップするんだとよ」

そしてギルベルト宛の文章の最後には、こう記述があった。もしも一方的に離婚されそうな場合は、宿屋に駆け込むと良い、という優しい助言が。

「べ、別に、リア充なんて羨ましくねぇんだからな……っ」

優しいはずの助言が目に痛い。ギルベルトはぐすっと鼻をすすり、服の袖で目元を拭った。

「どうしたんでしょうギルベルトさん。さっきから感情のふり幅が大きい気が……」
「疲れておかしくなってんだろ、そっとしておいてやれ」
「そうですね」

サディクと軽口を叩きながら、椿は今わかったシステムについて考えた。自分ゼロ、相手百になる方法があるのか。ならば、その逆になる可能性はないのだろうか。自分百、相手ゼロ――そんな便利な方法が、このHAOにあるとは思えない。だが、何かが気になる。離婚時のアイテムストレージ。余ったアイテムのドロップ。自分百、相手ゼロ。

「あ……」

思い当たり、椿は愕然とした。あった。自分百、相手ゼロの方法が。だが、これでは、真実は。《指輪事件》の真実が、おぞましい形で露わになっていく。チャイのカップが手から落ちる。震えが止まらない。どうして。これが真実ならば、なんて悲しい結末なんだ。

「そんな、どうして……」
「椿?おい、どうしたんだよ」
「死別、です。自分百、相手ゼロになる方法は」

死んだプレイヤーのアイテムストレージは消滅する。二人分だったストレージは縮小し、余ったアイテムは残された者の足元にドロップする。

「リーダーが死んだとき、彼女の持っていたアイテムは、夫であるシャルル・ヴァロワの足元にドロップしたんです」
「おい、待てよ。それじゃ指輪は……」
「盗まれてなんていなかった。副リーダーのシャルル・ヴァロワが手に入れたんです」

彼のストレージに入ったか、足元にドロップしたかはわからない。しかし、彼はリーダーが死んだ夜に、全てを知っていたのだ。知っていて、仲間に何も言わなかった。指輪を手に入れたこと、妻が死んだことを。それはなぜ。なぜ、彼は偽った。彼は妻を愛していたはずだ。現実だけでなく、この世界でも結婚していたのだから。愛していたのに、どうして。人が変わったのは愛する人を失ったからではなく、――愛する人を、殺したから。

「――っ、サディクさん!」
「うぉっなんでい」
「今すぐギルドのメンバーを招集してください、お願いです!今すぐに!」
「な、なんでいいきなり」

血相を変える椿に、サディクとギルベルトはぎょっと目を剥いた。

「早く!アーサーさんたちが危ないんです!仲間たちと十九階に来てください!」
「お、おう、わかった。いや何がなんだかわからねぇんだが」

いつになく余裕のない椿に懇願され、サディクは慌ててギルメンを起こしに飛び出した。その間に、椿は装備を確認し、ギルベルトを立たせた。

「どういうことだ、椿。アーサー達が危ないってどういうことだ?」
「道すがら話します。急がないと、間に合わないんです」

椿はアイテムウィンドウから転移結晶を取り出した。十九階の主街区『ラ・ピュセル』までは飛べる。しかし、そこからアーサーやフランシス、アントーニョのいる場所までは走らなければいけない。

「ラ・ピュセル!」

街の名前を唱えると同時に、ギルベルトと椿の視界が灼けつくような光に包まれる。足裏の感覚が柔らかな絨毯から固い石畳に変わり、視界が戻ってくる。見えるのは中世フランスの、穏やかな街並みだ。転移門を出てすぐのところには、大きな噴水がある。その噴水の中央には、馬に跨り鎧を纏った女騎士の像が据えられている。椿とギルベルトはその横を敏捷値最大で走り抜けた。

「シャルル・ヴァロワは《指輪事件》の犯人です」
「馬鹿言え!リーダーとシャルルは夫婦だったんだぞ?」
「でも、彼は指輪を手に入れた事を黙っていた。その理由は一つ、彼が首謀者である以外に考えられないでしょう!」

彼は指輪が殺人犯の手に渡っていないと知っていた。しかし、彼はその事実をギルドメンバーに話さなかった。なぜなら、彼は妻を失った結果として指輪を得たのではなかったから。計画し、妻を殺め、指輪を奪ったから。そして、彼は道化を演じた。調査されることを恐れたからだ。
夫である彼が怒りではなく悲しみを露わにすれば、ギルドの者もその雰囲気に同調する。怒りや復讐から調査をしようと言い出せない雰囲気を作ったのだ。そして、彼はリーダーを弔うことで、事件を終わらせた。終わらせたはずだった。

「フランシス達が危ないってのは何でだ?」
「フランシスさん達が使った武器は、シャルルが精製したものです。恐らく、依頼段階で計画について説明している筈です」

シャルルはその計画を知っていて武器を精製した。それは真実が暴かれることを見越した上での行動だ。

「裁かれる事を覚悟したなら、計画を聞いた時に真実を話した筈です。そうしなかったのは――」
「真実を葬り去るつもりか……!」
「ええ。フランシスさん達を殺すことで葬り去ろうというのです」

今、真実を求めた者達が一か所に集っている。この好機を見逃す馬鹿はいない。椿の言葉でようやくそれを理解し、ギルベルトは舌打ちした。気付くのが遅すぎた。もっと早く、《圏内PK》事件を解いていれば。もっと《指輪事件》の事に気を遣っていれば。

「見えました、ドンレミ村です!」

椿の声に、ギルベルトははっと我に返った。そして反射的に、椿の腕を掴んで足を止めた。

「な、なんですかいきなり。急がないと……!」
「考えろ。もし犯人なら、下手人に命じた後どうする?」
「どうするって、それは……フランシスさん達が死んだかどうか、確認します」
「だろうな。だが、シャルルの目的は殺す事じゃない。真実を隠す事だ」

死を確認するだけなら、《生命の碑》の前に居ればいい。しかし、シャルルの目的は真実を封印することだ。殺害はその手段でしかない。

「俺なら辺りに隠れて様子を窺う。万一外部に情報を漏らそうとする動きが見えたら、直ぐに妨害できるようにな」
「じゃあ、シャルルはこの近くにいるんですか」

フランシス達が居るのは、ドンレミ村から少し離れた小高い丘の、森との境だ。シャルルが隠れられる場所は、森の中だけだろう。

「ああ。お前索敵スキル、どれくらいだ?」
「八十ちょっとです」
「俺はコンプリート済みだ。俺がシャルルを探す。お前はフランシス達の方を頼む」

隠蔽スキルで隠れた人物を探すなら、索敵スキルが高い方がいい。八十と百の差は少ないようでいて結構大きいのだ。

「わかりました。ではギルベルトさん、これを」

これ、といって椿は耐毒ポーションと麻痺毒を手渡した。耐毒ポーションを飲んでおけば、一時的にだが毒を無効化できる。麻痺毒も渡したのは、シャルルが抵抗した場合を考えての事だ。フランシスが接触したとき、シャルルはグリーンだった筈だ。グリーンのプレイヤーを攻撃すれば、カーソルが犯罪者を示すオレンジに変わってしまう。

《KoG》の副リーダーをオレンジにするわけにはいかない。ソロの椿と違って、彼は《攻略組》を仕切る大事な人物なのだから。椿もまた自分の分の耐毒ポーションを飲み、ついでに回復結晶を二十ばかりオブジェクト化させておく。
この先にレッドが居るならば、交戦は必須だ。サディクが《テュルク》を引き連れて応援に来るまで、あと十分から十五分はかかる。それまで、なんとしても持ち堪えなければいけない。レッドが何人居るのか、どれほど強いのか。前情報は全くない。

それでも、助けに行かないわけにはいかない。あの時わかったのだ。フランシスの事が、本当はとても大切だったのだと。かけがえない友人だったのだと。あの時感じた痛みをまた味わうなど死んでも御免だ。椿は腰に佩いた剣を抜き払い、ギルベルトと視線を交わした。

「シャルルを捕まえたらすぐ行く。やられんじゃねぇぞ」
「はい。よろしくお願いします」

互いに背を向け合い、椿たちは同時に敏捷値最大で走り出した。椿は丘を真正面から駆け上り、ギルベルトは丘を迂回して森の裏手へと。
月が高いこの夜に、――全ては解決する。
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