プラグマチック
事件のタネもわかった、死人も出ていない。急ぐこともないし、サディクお手製の料理をゆっくり堪能できる。椿とギルベルトは心赴くまま、トルコ料理を頬張った。

「それにしてもおっさん、ほんと料理上手いよな」
「ええ、何処かの眉毛とは天地の差です」

サディク作のバクラヴァを頬張り、椿は相好を崩した。料理とはまさにこうあるべきなのだ。あんな暗黒物質は食べ物とは認められない。

「そりゃあまあ、リアルでも料理の腕で生計立ててたからなぁ」
「サディクさんの子供は良いですね、家でもこんな美味しいご飯が食べられるんですから」

椿の家は基本的に両親とも忙しくて、冷食か兄の料理しか食卓に上がらない。親の手料理なんて食べたのなんて、記憶も遠い昔だ。

「はは、椿さんならいつでも食わせてやるぜい」
「まあ、プロポーズですか?」
「やめとけおっさん、死ぬぞ」

いやに真剣な顔で止めにかかるギルベルトに、軽い言葉の掛け合い感覚だったサディクと椿はきょとんとした。

「いや、冗談ですよ。ギルベルトさん」
「冗談に決まってらい。何もそんな真剣に受け止めんでも……」
「お前ら馬鹿か!冗談でもランの耳に入ってみろ!」

ギルベルトは知っている。ランの椿に対する過保護っぷりを。最初の事件の晩、フランシスが来るまでの間、『エスペランサ』で食卓を囲んでいた時のことだ。
――椿泣かしたら、××××にして×××を××にして二度と××××出来んようにしたるから、覚悟しとれよ……!

殺気の篭った目線をギルベルトに突き刺しながら、ランは背筋が粟立つような脅し文句を囁いた。淡々とした声音のせいで迫力がいつも以上に凄まじく、アバターなのに肝が冷えた。そのランが、冗談でもサディクが椿にプロポーズしたなどと聞いたら。

「死亡フラグ……っ」
「どうしたんでしょう、ギルベルトさん」
「なんか可哀想だな……チャイ淹れてやるか」

うっすら涙を浮かべてガタガタ震える彼に、いつもの威厳はない。なんだか可哀想になった椿はバクラヴァを一切れ、サディクはチャイを一杯差し出した。

「結婚と言えば、このHAOでも結婚できるんですよね」
「ああ。現実よりかなりプラグマチックでロマンチックだけどなぁ」
「「プラスチック?」」

サディクの言葉に、椿とギルベルトは首を傾げた。プラスチックと結婚がどう結びつくのか。

「結婚がプラスチックってどういうことですか?」
「そんな石油臭い結婚嫌だぜ、俺」
「おめぇらにロマンを期待した俺が馬鹿だった」

石油臭い結婚って何なんだ。ライスの代わりにガソリンでもぶちまけるのか。ロマンのかけらもない二人に、サディクは仮面の下で哀しい涙を落とした。年頃の若い男女が揃いも揃ってプラスチックはないだろう。ロマンチック代表国出身として泣かないでいられようか。

「プラスチックじゃねぇやい、プラグマチックだ。実際的って意味な」
「実際的?」
「おうよ。なにせHAOで結婚すると、アイテムストレージが共通化されるんだからな」
「なるほど」

アイテムストレージはこのHAOにおいてとても重要なシステムだ。SAOのプレイヤーは基本的に、使用しないアイテムは全てアイテムストレージに入れておく。装備重量には限界があるし、何よりもどんなアイテムを持っているか他人に知られずに済むからだ。レアアイテムを持っていると知られれば、即座に強盗に目を付けられる。ストレージに入れていれば安心なのだ。アイテムストレージは便利かつ重要なシステムなのだ。

ただ、このシステムには小さな欠点がある。その欠点が問題になるのは、ギルドに所属している人のみだ。通常、ギルドのメンバーはパーティを組んで一匹のモンスターを攻撃する。その場合、モンスター撃破の報酬は個々人のストレージに直接ドロップする。したがって、誰にどんなアイテムがドロップしたかはわからないのだ。勿論ウィンドウを可視モードにすれば互いに確認できる。

しかし、隣人が自分より良い物を得た時、そこには嫉妬と確執が生まれる。だからこそ、結婚によるアイテムストレージ共通化という制度は大きな意味を持つ。自分の持つアイテム、相手の持つアイテム全てが統合される。今まで隠せていた全てが、白日の下に晒されることになるのだ。相手が同じギルドの仲間なら、レアアイテムのネコババも虚偽報告も全て明るみに出る。当然、その瞬間に愛も信頼も瓦解してしまうだろう。

この世界の結婚は、現実世界のそれに比べてかなり敷居が高い。サディクの言う通り、プラグマチックなシステムだ。それに、互いに誠実である結婚なんて、お伽噺のようだ。ロマンチックという表現がそういう意味なら、確かにそうなのだろう。

「……?」

ふと《WEU》のリーダーも結婚していたことを思い出し、椿は首を傾げた。何かが引っかかる。

「サディクさん。離婚時はどうなるんですか、その共有化したストレージ内のアイテムは」
「え?」
「離婚すれば、共有化したストレージは元通りになりますよね。では、アイテムはどうなるんですか?」

この世界には警察や裁判所のようなシステムはない。ならば、アイテムは夫婦間で分けることになる筈だ。その分け方はどんなものなのかが、いやに気になった。

「すまねぇが、椿さん。そこまでは……」
「うーん……じゃあ試しにどちらか結婚を」
「却下!」

ギルベルトは間髪入れずに提案を棄却した。そんな命知らずな真似はしたくない。例えすぐに離婚したとしても、ランなら超能力で感知しそうだ。

「今団長にメールで聞くから、ちょっと待ってろ」

いつになく素早い操作でギルメンリストを開き、ギルベルトはメールを立ち上げた。

***
サディクと椿のは100パーセント冗談です。
ラン兄さんはほら、鉄壁のディフェンス的な何かです。
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