種明かし
突如現れた第一の被害者に、アーサーの頭は一瞬でキャパオーバーになった。

「おお、お前、死んだんじゃ……っ、化けて出て……?!」

混乱するアーサーに、アントーニョは違う違うと首を横に振った。

「俺生きとるがな。フランシスも生きとるで、ほら」
「ぎゃーっ」

アントーニョが示すと、すぐ後ろの木立からついさっき死んだばかりのフランシスがにょきっと現れた。

「ぎゃーって……そんなオバケでも見たような声上げないでよ」
「オバケ見てんだよ叫びもするだろつか成仏しろヒゲ!」
「えっ俺だけ?」

混乱しきりのアーサーに、フランシスとアントーニョは顔を見合わせた。このままでは話が進まない。フランシスは宥めるように、ぽんぽんとアーサーの肩を叩いた。

「ね、ほら。ちゃんと生きてるでしょ?」
「通り抜けねぇ……てことは」

フランシスは間違いなく、生きているのだ。ほっと安堵し、アーサーは僅かながら冷静さを取り戻した。そして、次の瞬間怒りを覚え、彼の胸倉をつかんで一本背負いを決めた。

「騙しやがったなテメェ!」
「ぐぼはっ」

体術スキルを使っていないが、《圏外》であるためフランシスのHPが一ドットほど減る。地面に衝突したせいで減ったのだろう、アーサーのHPバーはオレンジになっていない。

「ったく、まんまと引っかかっちまった自分が恥ずかしいったらねぇぜ。おら、カラクリ教えろ!」
「ええでー。つまりな、真実はこういう事やったんや」

ぴっと人差し指を立てて、アントーニョはドヤ顔で説明を始めた。顔の辺りにそこはかとなく日頃の恨みとかが窺えなくもない。

「あれはただの――」


「――装備破壊だったんです」

同時刻、サディクの宮殿の個室で、椿も同じように人差し指を立てて言った。

「「装備破壊?」」

ギルベルトとサディクは思わず声を揃えて聞き返した。事件の真実というには予想外すぎる言葉に、二人は思わず眉を寄せる。

「装備破壊ってーと、つまりアレか。鎧だの服だのが、耐久値がなくなって消えちまう……」
「はい。あの時私たちが見たのは、まさにそれだったんです」

HAOの物は耐久値がなくなれば消えてしまう。耐久値は時間と共に減っていくが、使用すれば使用するほど減少速度が速くなる。

「第一の事件。あの時私たちが見たのは、アントーニョさんのアバターが青い光と大量のポリゴンを撒き散らして消滅した光景です」
「つまり、この世界の死だろ」
「いいえ。その後、アントーニョさんの姿が何処にもないからそう錯覚しただけなんです」

そう、彼が光を放ち砕け散った後、その姿はどこにもなかった。しかし、それこそがこの《圏内PK》を錯覚させた決め手なのだ。

「ギルベルトさん。《貫通継続ダメージ》について実験をした時、どうしてグローブを外したんですか?」
「どうしてって、そりゃお前、グローブの耐久値が……」

言い差して、ギルベルトはハッと息を呑んだ。あの時、ギルベルトは無意識にグローブを外した。外さなければ、グローブの耐久値が減るからだ。装備を無駄にする必要はない。そう考えての、至極当たり前の行動だ。しかし、アントーニョがその逆を考えていたとしたら。装備の耐久値をあのショートスピアで減らし、そのポリゴンを爆散させることが目的だったのだとしたら。

「転移結晶か!」
「はい。恐らく、装備の耐久値がゼロになると同時に、小さな声で転移先を言ったのでしょう」

そして、死に絶望したかのように吠え、散らばるポリゴンの中、青い光に包まれて姿を消した。そうすれば傍目には、HPが無くなり、アバターが砕け散ったかのように――つまり、この世界での《死》に見える。

「だからあんなに着込んでたんだな。敏捷値が低い癖に変だとは思ってたが……」
「撒き散らすポリゴンの量を増やすためでしょう。フランシスさんも、恐らくは」

あの時、フランシスはフリル付のシャツ、男用コルセット、フード付きのローブを着ていた。しかし、シャツの下には金属アーマーに鎧帷子、厚手のシャツ二枚を着こんでいた。装備画面を見た時、椿はそこに違和感を覚えた。金属アーマーと鎖帷子以外は、軒並み防御力があまり高くない。いくら着込んだところで、せいぜい毛が生えたくらいにしかならない。それをゴテゴテ着込む意図が、わからなかったのだ。
しかし、今ならわかる。防御力ではなく枚数が必要だったのだ。アバターが砕けたと誤解させるために、ポリゴンを少しでも多く散らさなければならなかった。

「ちょっと待て。じゃあフランシスの剣は?」
「恐らく、私達から連絡が来たとき、一度《圏外》まで行って刺したんでしょう」

上からローブを着ておけば、柄までめり込んだ短剣など簡単に隠せる。あとは頃合いを見て、いかにも窓から剣が飛んできたみたいに演出すればいい。ローブは首元の紐を引けば簡単に取れるし、ベランダから落ちれば転移先を聞かれることもない。

「恐らく、同じ読み方、違う綴りの名前を見つけたのが事の始まりでしょう」

アントーニョとフランシスはその名前と死因、そして《圏内PK》を演出する方法を考え出した。そして、故アントーニョの死んだ日時と同じ一年後のあの日、計画を実行した。
まずアントーニョが死に、《生命の碑》によって《圏内PK》に信憑性を持たせる。その後、フランシスが情報を与えることで捜査の方向を《WEU》の事件に繋げる。ギルベルトと椿の動きから《WEU》の誰かが動くのを待っていたのだ。

そして、アーサーが動いたことを聞かされるや、指輪事件のことを話して彼を中心に引きずり込む。最期に、その眼前で自ら死を演出することで、彼に強い恐怖を植え付けすらした。今頃は、《WEU》のリーダーの墓かかつてのギルドホームで指輪事件の解決に勤しんでいることだろう。

「フランシスさんは今、十九層に居ます。たぶん、そこが《WEU》関連の場所なのでしょうね」
「おいおい、じゃあ全部自演だったって訳かい。ちっと灸据えねぇと気が済まねぇな」
「私の分も是非お願いします。明日以降に」

ベキバキ指を鳴らすサディクに、椿も同感だと頷いた。ここまで大事になっては、悪戯でしたで済む問題ではない。今も中下層のプレイヤーは圏内の安全性を信じられず、震えあがっているのだ。全方面に謝りに行かねば、到底収まりが付かないだろう。

ただ、今頃は元《WEU》メンバーで指輪事件の方を付けているだろうから、責めるにしても明日以降になる。一通り説明を終えて、椿は手元のサディク特製バクラヴァを口に含んだ。途端に、蜂蜜の濃密な甘み、濃いバターの旨みが舌の上に広がる。レモンの酸味がそれらを引き立て、シナモンの甘味と微かな辛味が複雑なものにしている。また、焼けたクルミやナッツの香ばしさ、クローブとシナモンのエキゾチックな匂いが口腔内にふわりと広がる。

これを美味しいと言わずして何を美味しいと言えばいいのか。終わった事件の事など放り出して、椿は食事を堪能することにした。この直後、此処で夕食を取っておいて正解だったと思うような騒動が待っているとは知らずに。
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