再会
ドンレミ村の外れにある小高い丘に着いたアーサーは、そこにある墓標を見つめた。この墓標はゲームの制作者が気まぐれに作ったオブジェクトだ。碑銘はなく、誰の墓なのかもわからない。しかし、メンバー全員で彼女の唯一の遺品だった剣を備えたその日から、この墓標はあの子の墓になった。
プレイヤーが墓石を作っても、時間と共に耐久値が減り、いずれは消えてしまう。しかし、この墓はゲーム製作者の作ったオブジェクトだ。朽ちることなく、永久に其処にある。あの子の死を時間に流したくないと、血を吐くような思いを込めて、彼が――フランシスが言ったから。

《WEU》のメンバーが一人、また一人と別れを告げて散っていった。くるん兄弟が、猫をつれた青年が、アルフレッドが去って。アーサーとシャルル、フランシスだけになって。シャルルが、その三人の中で最初に墓に背を向けた。何処に行くのかと、アーサーが訊ねると。彼は言った。彼女が居ない場所なら、何処にいても同じだと。

そして、墓の前に立ち俯くフランシスと、墓から少し離れた場所で立つアーサーが残されて。茜色の空が、夜へと変わって。静寂が満ちて。アーサーは、フランシスがこのまま死んでしまうのではないかと思った。ちらとも振り返らないから、泣いているのかはわからない。けれど、泣けと思った。泣くことすら忘れてしまったら、彼は本当に死んでしまうと思った。

――死ぬなよ

罪を負う自分が言えたセリフではなかった。しかし、あの時は、アーサー以外に彼にそう言う人が居なかったのだ。あれほど、仲の良かったギルドだったのに。

――死ぬなよ、フランシス

アーサーが繰り返すと、涙交じりの声で、わかってるよと返事が来た。ぐじぐじになった、しわがれた声だった。だからアーサーは安心して、丘を下って行った。一人の命以上のものを背負える自信は、なかった。丘を下りているとき、頬を濡らしたものをアーサーは無視した。フランシスにあの場を譲ったせいで、謝罪の言葉は行き場を失った。
そして、丘を登ってくる中で、それらは涙となってアーサーの頬を濡らした。ぐるぐると、あの日のことが頭の中をかき乱す。

「悪い。俺が、悪かったんだ。何も考えず、あんなこと、して……」

声が滲んで、聞くに堪えないものになる。ああ、あの時のフランシスの声よりずっと情けない。アーサーは膝を付き、組んだ両手を額に押し付けて祈った。

「俺は、誰かが説得する為に頼んできたんだと思ったんだ……っ」

小さな紙片、小さな平和、円満だと思っていたギルド。その中に鬼が居たとも知らず、何も考えず気軽に行動して。

「お前が殺されるなんて、俺は考えてもいなかったんだ!だから、許してくれ……っ」

自分の浅はかな行動がもたらした結果に、アーサーはぞっとした。そして、どうしたら良いのかわからず、ただ墓の前に居た。どうしたら自分の行動をなかったことにできるのか、そんな保身を考えて。考えて、フランシスの姿を見て自分が恥ずかしくなって。殺されるべきなのは自分だと、責められるべきなのは自分だとわかっていても、命惜しさに此処に来る。そんな自分が、アーサーは堪らなく嫌だった。

――本当に……?

不意に、木立の中から声が聞こえてくる。アーサーは素早く顔を上げ、そして墓のすぐ後ろに立つ人を見て息を呑んだ。宵闇に紛れてしまいそうな黒いローブに身を包んだ人影が、墓を挟んでアーサーの反対側に立っていた。顔の半分近くをフードで覆い隠しているが、その中から癖のある金髪が見えた。まるで、あの子のように――あの子の幽霊のように。

「本当、だ。俺は、片棒を担ぐつもりなんて、なくて」

遠くなりかける意識をなんとか気力で保たせ、アーサーは答えた。喉が引き攣れて、声が裏返る。
――何を、したの。貴方は何を、私にしたの……
その人影の奥から、エコーのかかった声が響く。そして、その右手がすっと動いた。そこから、ぞっとするような武器が現れる。逆棘のびっしり付いた細長い、エストックと呼ばれる針のような貫通属性を持つ武器だ。三本目の、凶器――。
アーサーの顔から血の気が引く。ああ、やはりあの子が殺したのだ。アントーニョも、フランシスも、あの子に殺されたのだ。アーサーは俯き、せめて最期の罪滅ぼしと、あの日の事を言った。

「小さなポーチが、入ってたんだ。ギルド共通のアイテムストレージに。俺は何だろうと思って取り出した」

中には、小さなメモとピンク色の転移結晶が入っていた。メモには、あの子と話がしたいという口上に始まり指示が書かれていた。あの子の後を追い、宿屋に行って、彼女がいない間に部屋の中に入るように。そして、部屋の中を転移結晶の出口に指定して、それを元通りに戻しておいてくれと。ギルドの輪を乱したくないから遠回りな真似をすることになるが、頼むと。メモには、そう書いてあった。署名はなかった。

「だから、俺はてっきり、誰かがこっそり説得するつもりなんだと思ったんだ」

最前線には興味があったから、アーサーはちょうどいいと思いそのメモ通りに動いた。その結果が、あの子の名前に刻まれた横線だった。

「でも、俺はあの子を殺してなんかいない。指一本だって触れてないし、指輪だって取ってない!」

自分のしてしまったことの重大さに気づき、アーサーは慄然とした。知られるのが怖くて、犯人も捜さなかった。ただ、自分を正当化することだけはしたくなかった。仕方なかったのだと踏ん反り返りたくなかった。だから、お礼だとでも言わんばかりに自室に置かれていた大量の金貨は全部、《始まりの街》の教会の前に置いてきた。

あそこには年少の子供たちと彼らを養うシスターが居ると聞いていたから、せめてもの罪滅ぼしだと思ったのだ。アーサーが今《攻略組》に居るのは、ひとえに努力の賜物だ。何の罪滅ぼしにもならなくても、あの子の目指したゲームをクリアしようと思ったのだ。

「信じてくれ、俺はお前を殺すつもりなんて、これっぽっちもなかったんだ!なあ、ジャンヌ……信じてくれよ……っ」

フードを被った人影は、少しも動かない。ああ、これほど懇願しても許されないのか。そうだろう、失われた命は決して戻らないのだから。これが当然の報いのなのだ。アーサーは覚悟を決め、首を垂れた。
ああ、弟の事が思い浮かぶ。夕日のなか、小学校のブランコに腰掛けて、迎えを待っていた弟。その寂しそうな顔が自分に重なって忘れられなくて。補習にならないよう猛勉強して、部活の午後練もなるべく早く切り上げて。息を切らして迎えに行ったんだ。

「すまない、アル……」

お前を此処から解放してやることは、できなさそうだ。不出来な兄で、すまないな。ぼそぼそと、小さな声で呟いて。アーサーは来るべき罰に身構えた。だが、そのどれだけ待ってもその武器が体を貫くことはなかった。恐る恐る見上げると、その人影はゆっくりと左手を上げた。そして、フードを下ろして金髪をがしっと掴むと、ぽいと放り棄てた。

「ちょ……っ」

金髪の下から現れたのは、茶髪と見慣れた面構え。絶句するアーサーの前で、幽霊はローブを勢いよく脱ぎ捨てた。その下から現れたのは、この場に不釣り合いなちょっとダサい農作業着。間違えようもないその決定的な姿に、アーサーは愕然とした。

「お、おま、お前どうしてここに?!」

素っ頓狂な声を上げたアーサーに、その人はにっと口角をつり上げた。

「ふっふっふ、全部録音したでアーサー!観念しいや!」

一番目の被害者、アントーニョ・ヘルナンデス・カリエド。その人が、録音機片手に満面の笑顔で立っていた。
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