それが真実
船着き場から行き来できる自分専用の応接室に入り、アーサーは窓とドアに鍵を掛けた。
そして、窓という窓全ての鎧戸を閉じ、分厚いカーテンを引く。壁までソファを押していき、背中を見せないよう座る。そして、膝を抱えて身を縮め、顔を伏せた。


「おい、何してんだよ」

ギルベルトが声を掛けると、椿は飛び上がった。本当に何かを考え込んでいたらしい。

「ギギギギルベルトさん!お、お早いですね」
「ばーか、もう夕食時だっつの」

フランシスが殺されてから、もう三時間が経過している。街はとっくに薄暗がりに沈み、ガス灯の温かな光がぼんやりと周囲を照らしている。

「その紙袋は?」
「ああ、アーサーの手土産だ」

一つを受け取り、椿は中に入っている紙箱を取り出した。イングランド国旗模様の箱はなかなか御洒落だ。しかし、箱を開けた瞬間、凄まじい悪臭がぶわりと広がる。

「なっ、何ですかこれ……!」

硫黄臭や腐乱臭を混ぜたような、毒ガスのような臭いが鼻を衝く。椿は中身を確認する前に、箱ごと石畳に叩きつけた。するとモクモクと紫色の煙が吹き上がり、ひしゃげた紙箱から黒い物体が転がり出てくる。

「なっ、暗黒物質?!」

握りこぶし大のどす黒い物体に、ギルベルトは思わずそう叫んだ。しかし、よくよく見ればどこかで見たような形だ。そう、三十代のフロアではよく焦げた姿で出てくる料理の一つで、《攻略組》の誰もが一度は注文して泣きを見たお菓子だ。

「スコーンです、ギルベルトさん!あれスコーンです!」
「嘘つけ、スコーンって焼き菓子だろ?!どう見たってただの炭じゃねぇか!」
「ただの炭が紫色の煙を噴き上げるはずないでしょう」
「そうだな。じゃアレはスコーンだ」

炭は紫色の煙を出さない。しかし、焼き菓子も出さない筈である。しかし、三十代フロアの代物ならば納得できてしまう。ギルベルトは冷静に自分の土産の表面を叩いた。するとウィンドウが現れ、中身に関する基本的な情報が表示される。

「ああ、スコーンだ。しかもプレイヤーメイド、アーサー作だ」
「アーサーさん、メシマズフロアに毒されて……可哀想に」

いくら其処に住んでいるからと言って、プレイヤー作の料理がメシマズになる訳ではない。アーサーの作った代物が産業廃棄物なのは、ただ単純に彼に料理センスが致命的に欠如しているからに他ならない。

「耐久値はもう殆ど無いな。あと一分もすりゃ消える」

建物や石畳以外の全ての物には耐久値がある。それは使用すれば顕著に減り、使用しなくてもと時間と共に緩やかに減っていく。剣なら鍛冶屋、家具なら木工職人、服なら仕立て屋に手入れして貰えば、耐久値を増やすことはできる。
しかし、手入れしなければ、耐久値がゼロになると同時に物は消滅してしまう。ギルベルトと椿の前で、暗黒物質スコーンもパキリと音を立てて砕け散った。青い光を放ち、ポリゴンが弾けて消えてしまう。その光景を見た瞬間、椿は愕然として言葉を失った。

「……っ、そんな……!」

砕け散った二人の姿が、思い出される。重厚な鎧を着たアントーニョ。何枚も何枚も重ね着していたフランシス。二人の装備に抱いた違和感。そして、転移結晶を使った時に感じた違和感。それらの意味するところ――それは。
それは、この《事件》の真実。
椿は素早く左手を振り、ウィンドウを表示させた。そして、震える指先で、フレンドリストを開いた。フレンド登録した人はたったの四人。ギルベルト、サディク。そして、ランの上に――フランシス。

「そう、そうだったの……」
「どうした?」
「私達、何も見てなかった。いいえ、見ていたんです。でも、気付かなかった」

手が震える。それは怒りではない。悲しみだ。椿は可視モードにして、そのウィンドウをギルベルトに見せた。

「《圏内PK》――そんなものは初めから、存在しなかったんです」



夕食も取らず、アーサーは只管考えていた。犯人は誰なのか。フランシスを殺した人影に、アーサーは見覚えがあった。あのフードは間違いなくあの子だ。あの日、指輪を売りにホームを出たその背とまるで同じだった。あの子が現れた。いや、あの子は死んだ。レッドによって、《睡眠PK》によって。夢を奪われ、無残に殺されたあの子の悲しみは、怒りは、どれほどのものだったのだろう。

今際の怨念がこの世界に残り、己を殺した者に復讐している。現実世界に幽霊が居るのだ。この仮想現実世界に幽霊が居たっておかしくない。霊視能力を持つアーサーにとって、現実世界の幽霊は身近なものだった。彼らは壁などすり抜ける。生身の人間にとって邪魔となり得る全てをすり抜けるのだ。だとすれば、あの子の幽霊もこの宮殿に容易く入ってくる。罪を犯したアーサーを、三つめの武器で殺すために。

「……っ」

怨念を晴らさなければ、幽霊は成仏しない。だったら、どうすれば怨念を晴らすことが出来るのか。できることは一つしかない。全てを詫びるのだ。墓前に。強くなりたいが為に、罪を――いや、罪となるとも知らず行動した全てを。乗せられ、あんな結果になるとは知りもせずにした、行為を。深く頭を下げて詫びれば、きっと許してくれる。

本当に悪いのは手を下した者で、アーサーは知らず利用されただけなのだから。アーサーはソファから立ち上がり、懐からピンク色の転移結晶を取り出した。事件後すぐに買った、移転先指定のクリスタルだ。これは通常の青い転移結晶と違い、出口を指定することが出来る。
街の噴水の前、迷宮区のど真ん中、宿屋の部屋の中、何処にでも。出口は、十九層。かつて《UK》が小さなギルドホームを構えていた田舎村だ。

「……ドンレミ」

その村の名を呼んだ瞬間、アーサーの手の中でクリスタルが弾けた。
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