幽霊船
朝日のような明るい金色の髪。夕日のような茜色の瞳。日向のように温かな人柄。優しい人だった。誰にも分け隔てなく接し、損得を顧みず人を助けた。キツい物言いをしても嫌な顔一つしなかった。
彼女はいつも上を見上げていた。デジタルの空を。アインクラッドの上層を。――解放の時を。まるで、太陽を見上げる向日葵のように。



「フライパンがっ!!」

がばりと起き上がったアーサーの叫びに、ギルベルトは苦笑いを浮かべた。大体予想は付いていたが。

「やっぱあいつのせいじゃねぇか」
「あっおいテメェここ何処だよ……ってなんだ、俺ン家か」

軽くパニックを起こしかけたものの、見慣れた風景にアーサーはほっと安堵のため息をついた。もっとも、二人が居るのは家ではなく《フライングダッチマン号》の甲板だ。本当なら直ぐにも《UK》の本拠地まで行きたかったのだが、この船は船長の号令無しには動かないのだ。意識のない者を乗せた小舟で、モンスター蠢く荒波と戦いたがる馬鹿はいない。船長、すなわちアーサーが起きるのを待って本拠地に向かうのが上策だ。

「おら、とっとと船出せ。一応宮殿までは付いててやるからよ」
「今やるっつの!出港だ野郎共、帆を張りな!」

アーサーの号令と同時に、船内からわらわらと骸骨化した乗組員が出てくる。いずれもパイ○ーツオ○カリ○アンに出てきそうな格好をしている。

「ななななんだよこれ!」
「何ってNPCに決まってんだろ」
「どう見たって唯のモンスターだろ!」

ギルベルトは思わず武器を構えるが、その横でアーサーは平然としている。彼の命令を受けて、骸骨たちは素早く持ち場に走った。モンスターではないらしく、ギルベルトの横を素通りしていく。

「もうちょっとマシなNPC使えよ!」
「この船専属、変更不可能だ。それに、愛嬌ある奴らじゃねぇか」
「どこらへんが!?」
「この歯抜けな髑髏とか?あっおい、仲間の骨でボーリングしてねぇで帆を張れ」

甲板で仲間の髑髏を投げて遊んでいる骸骨に、アーサーが指示を飛ばす。すると、NPCなのに感情があるみたいにわたわたと慌てて持ち場に行ってしまう。本当にNPCなんだよな。まさか骸骨化したギルメンとかじゃねぇよな。最悪の予想が頭に浮かんで、ギルベルトは青ざめた。青褪めたといっても、HAOの感情表現では無表情になっただけなのだが。

「言っとくが、あいつらは俺の命令以外は聞かねぇぞ」
「俺が命令したらどうなるんだ?」
「海に投げ込まれる」
「あ、そう……」

しなくて良かった。ギルベルトは心底そう思いつつ、舵の横に大人しく腰を下ろした。一旦出港してしまえば心配はない。航海中は誰も乗り込めないし、この船にはアーサーとギルベルト、NPC以外は乗っていない。それをアーサーも分かっているのか、心なしか表情が落ち着いている。

「なぁ、アーサー」
「んだよ」
「シャルル・ヴァロワの行きつけの店。教えろよ」

シャルル・ヴァロワの名前に、アーサーは眉を寄せた。思い出したくもない事を穿り出されたような、そんな顔つきだ。ギルベルトだって傷口を抉るような真似はしたくなかった。状況が急ぐものだったから、仕方なくそうしただけで。

「……『エスペランサ』だ」
「何?」
「二十層主街区『ラビーダデ ウンオンブレ』にある店だ」

エスペランサ――アントーニョ、フランシスと待ち合わせした店だ。運命的な――明確に言えば作為的なものを感じ、ギルベルトは目を細めた。あの時共に食事を摂った者は皆、この事件に関わっている。待ち合わせした悪友の三人。フランシスが連れてきた椿。ラン・ハーグはたまたまだと言っていた。しかし、彼以外は全員、其処に来るべくして来たのだ。

ギルベルトなら、友人の死を見て動かない筈がない。《KoG》が動けば、対立関係にある《軍》は静観の構えを取る。そして、《KoG》は信頼と実力ともに備えたギルドであるため、捜査に異を唱える者は居ない。椿はフランシスに何くれと気を遣っていた。彼女なら巻き込めると踏んで、フランシスがあの席に伴ったのならば。フランシスがこの事件の主犯なのか。しかし、彼はつい先程、《圏内PK》に合って死んだではないか。彼が主犯なら、彼が被害に遭うはずがない。

「くそ……っ、情報が足りねぇ」
「な、なんだよ。俺が知ってるのはマジでそんだけだっ!」
「あ、いや。お前に訊こうとは思ってねぇよ」
「じゃ脅かすなよ、ばかぁ!」

アーサーは不安げな顔をしているが、ギルベルトの頭の中は今回の事件で一杯だ。ぐるぐると考えている間に、最速の船《フライングダッチマン号》は『ブリテン諸島』に到着した。しかし、船は本来の船着き場を素通りし、島沿いに北へ向かう。そして、『ブリテン諸島』の北側にある《UK》本拠地『ウェストミンスター宮殿』に横づけした。

「直に乗り降り出来んのかよ」
「ああ。この船はこの城の一部だからな。お前ら、帆を畳んで錨を下せ!次の出港まで、船底に貝一個付けんじゃねぇぞ!」

イエッサーという返事の代わりに、甲板じゅうからカタカタと骨の音が聞こえる。呪われた幽霊船にいるみたいで、落ち着かないことこの上ない。

「じゃあ俺は捜査に戻る。事件が解決するまで外出すんじゃねぇぞ!」
「言われなくてもしねぇよ!」

アーサーがこの安全地帯に居れば、第三の被害者が出なくて済む。
ほっと安堵して、ギルベルトは転移クリスタルを取り出した。

椿はサディクの所に居るだろう。鑑定がすぐに済んだとしても、彼女なら其処でギルベルトを待っている筈だ。

「あ、待てよ。これやる」
「あ?ああ、サンキュ」

これ、といってアーサーが寄越したのは小さな紙袋だ。しかも二つ。手土産だろうか、アーサーにしては気が利く。そう思い、ギルベルトは特に疑うことなくそれを受け取った。

「『セニ セヴィニョルム』!」

手の中でクリスタルが破砕し、視界が青い光に包まれる。足下の感触が、木の甲板から石畳へと変わる。目を開いたギルベルトは、すぐ其処に椿が居るのを見つけた。手には分かれる前に渡した短剣を握ったまま、何かを考えているらしい。心此処に非ずと言った表情で、ブツブツ何か言っている。こんな、誰でも行き来できる見通しの良い場所で。警戒心もなく。

「何してんだあいつ……」
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