夕焼け空
アルフレッドは一人、空を見上げた。茜色の空。この優しい色を、アルフレッドは知っている。

――帰るぞ

そう言って、手を差し伸べて笑う兄。その背にはいつも、この空を背負っていた。中学校の制服を着た彼は、いつも部活を少しだけ早く切り上げて迎えに来てくれた。アルフレッドは父の再婚相手の連れ子で、血も繋がってないのに。彼はいつでも、日が暮れる前に必ず迎えに来てくれた。学童保育で一人、夜まで待つのが習慣だったアルフレッドにとって、どんなに嬉しかったか。

――うん、アーサー!

否定されるのが怖くて兄と呼べず、名前で呼んだ。すると、彼はいつも少しだけ寂しそうに笑っていた。

「……ごめんよ、アーサー」

今はもう、兄と呼ぶ資格すらない。



「あの人には俺達を憎む理由がある」
「理由?」
「俺たちが指輪を奪ったんじゃないかって疑問に思うのは、当たり前だよ」

指輪の売却に反対だったのはアーサーとフランシス、アントーニョの三人だけ。そのうちの誰かが、指輪欲しさにリーダーを殺したと考えれば。妻を殺された報復に、シャルル・ヴァロワが動き出してもおかしくはない。

「でも、それなら売却派だって疑わしい。利益欲しさに奪ったのかも知れねぇだろ!?」

指輪を売った利益をせしめれば、最高級の装備ができる。そう考えた者がリーダーを襲ってもおかしくはない。しかし、それはフランシスの意見に比べて些かこじつけじみていた。可能性としてみれば、フランシスの意見の方が強い。
フランシスは立ち上がり、ベランダに出た。デジタルで構成された、茜色の空が見える。その色は、あの子の目の色に似ていた。優しく、温かなオレンジ色。太陽のように強く、朝日のように眩しく、夕日のように優しかったあの子。あの子はもういない。誰かの手によって、無残にも殺されてしまった。

「……もしかしたら、あの子なのかも」

ぞっとするほど無感情な声で、フランシスが呟いた。その言葉に、アーサーの顔から血の気が失せる。

「どういう、意味だよ」
「あの子の復讐なんじゃない?幽霊なら、圏内の安全性なんて関係なさそうだし、さ……」

フランシスの言葉に、椿は顔を歪めた。思い出されるのは、この目で見た沢山の死。復讐してやると叫んだ人の声が、思い出される。

「じゃあ、あの剣は、シャルルは……」
「あの人は、賛成も反対もしなかった。あの子の判断に任せると言った……多分、あの人だけがリーダーのことを考えていたんだ」

だから、シャルル・ヴァロワだけが許された。いや、シャルル・ヴァロワは復讐を望んだ側かもしれない。金にしろ指輪にしろ、私利私欲に走った賛成派と反対派の両方を惨殺することを。フランシスがアーサーを振り返った。その背後には、茜色の空がある。あの子の目と同じ、優しい色した空が。

「あの人には、俺らを殺す理由があるんだよ、アーサー」
「それでも、俺は死ぬなんて真っ平御免だ!ここまで来て、死んでたまるか!」

アーサーがテーブルを叩き、フランシスを――空を睨み付けた。確かに、リーダーの死は哀れむべきものだった。しかし、だからといって濡れ衣を着せられて死んでやるほどお人よしではない。

「お前はそれでいいのかよ?お前は……っ」
「……俺は、っ」

トン、という軽い音と同時に、フランシスが不自然に言葉を切った。その目が大きく見開かれ、体が大きく傾ぐ。ふらつきながらも体勢を立て直そうとする彼に風が吹き付け、ローブが空へ攫われる。ベランダの手すりに寄りかかった彼の背が、夕日のもとに晒された。

「フランシスさん!」

フランシスの背に、短刀が刺さっている。柄まで食い込むんだその場所から、血のような赤いエフェクト光が溢れている。その光景に色を無くし、椿はフランシスに駆け寄った。しかし、指先が触れる前にフランシスの体がベランダの手すりを越える。ベランダから落ちていくフランシスの姿。手を伸ばしても届かず、遠ざかっていく。石畳にぶつかる直前、フランシスの体がエフェクト光に包まれる。

「フランシスさん、フランシスさ……っ」

フランシスのアバターが、ガシャンと音を立てて砕け散る。その破片が、夕日のなかに消えていく。嘘だ。フランシスが、目の前で。どうして。嘘。嘘だ。そんな、はずは――。
頭の中がぐちゃぐちゃになる。人が死ぬ、死ぬことの絶望。砕け散るアバター。夕日を背に立つ、フランシスの――。

「――っ、いやぁあああ!」

劈くような悲鳴を上げ、椿はベランダに頽れた。あの日に忘れたはずの涙が溢れ、頬を伝って落ちる。フランシス。大事な、そう、大事な友人だった。認める訳にはいかなくて、他人行儀に接していたけれど。

「大事な、友人だったのに……っ」

その死を見とめたくなくて、椿はどこかにフランシスがいるのではないかと空を見上げた。そして、向かいの家の屋根に黒いローブ姿の人影を見つけて息を呑んだ。驚いたのは一瞬、椿の心に怒りが湧き上がる。今、この場においてあの位置にいるのはたった一人しかない。フランシスに短刀を投げ付け、その命を刈り取った《圏内PK》の犯人だ。

「貴方が、フランシスさんを……っ!」

椿は刀を抜き払い、敏捷値最大でベランダを飛び出した。そして、躊躇いなく刃を頭上に振り上げフ、ードを目深に被ったその人影に襲い掛かった。
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