復讐する者
チューリップの咲く街に降り立ち、アルフレッドは溜め息を着いた。裏方ではなく、ヒーローらしく調査を指揮したかった。しかし、今回の件に限っては、堂々と立ち回ることができない。なぜなら、今回の事件に関しては、アルフレッド自身も関わっているからだ。
一軒の商店の前に立ち、アルフレッドはそのドアノブに手を置いた。くるりとノブを回すと、カチャリと音がしてドアが開く。

「ラン・ハーグ。何も言わず一緒に来てくれないかい?」
「……嫌や、言うたら?」
「それなら、取引をしようじゃないか」
「取引?」
「そうだよ。椿、と言ったかな。君はあの子に執着しているね」

椿の名を持ち出され、ランは眉間にしわを寄せた。メールをもらった時、この自分勝手な青年の話を聞くつもりはさらさらなかった。しかし、椿が関わるなら話は別だ。

「言いたいことははっきり言いねま」

ランは武器に手を添えながら、凄みのある声で威嚇した。しかし、アルフレッドの表情に焦りはない。空気を全く読まないニコニコとした笑顔のままだ。

「《ひまわり》が《圏内PK》事件を見張っている」
「……っ」
「もし君が椿を大事に思うなら、俺は役に立つよ」

アルフレッドの笑みに底知れない腹黒さが滲む。常の彼がヒーローならば、今の彼はダークヒーローと言ったところか。従わないからといって手荒な真似はしないが、椿を助けもしないだろう。

「彼女を助けたくはないかい?ラン・ハーグ」
「……っこの、エセヒーローが」

ぎりりと歯を食いしばり、ランは殴りつけるようにして閉店コマンドを打ち込んだ。



二十層主街区『ラビーダデウンオンブレ』の店『エスペランサ』のテーブルに座るや、ギルベルトは言った。

「単刀直入に聞く。シャルル・ヴァロワの居場所、知ってるか?」
「知らねぇ。それより、お前ら何で《WEU》のことを知ってんだよ」
「フランシスさんから聞きました。リーダーのことも」

リーダーと聞いて、アーサーの顔に焦燥が浮かぶ。何かを隠しているのがバレバレだ。

「アーサーさん。私達が探しているのは、《WEU》のリーダー殺害犯ではありません。《圏内PK》でアントーニョさんを殺した犯人です」
「今のところ、その凶器を造ったシャルル・ヴァロワが一番怪しいんだ。手掛かりでも何でもいい、知ってることを教えてくれ」

真正面からの説得は効果的だった。信じてもいいのか悩んでいるらしく、アーサーの瞳が右に左に揺れる。ややあって、アーサーはぼそぼそと呟いた。

「居場所は、知らねぇ。でも、行きつけのレストランならわかる」
「マジか!」

現在公開中のフロアだけでも、レストランはPCを含めて五千件ほどある。しかし、その中で好みの味を見つけるのは難しい。そして、一旦見つけてしまったら、離れがたくなる。シャルル・ヴァロワとて、その味恋しさにレストランを訪れるかも知れない。期待を込めて見れば、アーサーは椿とギルベルトの鼻先に指を突きつけた。

「ただし、条件がある。フランシスに会わせろ」

突きつけられた条件に、椿とギルベルトは目を瞬かせた。アーサーは被害者予備軍、フランシスも恐らく被害者予備軍。会わせても危険はなさそうだが、万一片方が犯人だった場合はマズいことになる。犯人は《圏内PK》のやり方を知っており、戦闘になればギルベルトや椿も少なからず危険に晒される。しかし、《攻略組》ならば体力重視型戦士(タンク)でなくともHPはそこそこある。不意の一撃であっさり死ぬことはない。

「フランシスさんに連絡をとってみますね」
「ああ。あいつが良いっつったら会わせてやる」

椿は素早くウィンドウを開き、フレンドリストからメールを立ち上げた。事情を簡潔にまとめてメールを送ると、ややあって了承の返事が返ってくる。

「一応、二人とも武器は所持しないでください」
「わかった。でも、武器を解除するのはあいつの家の前にしてくれ」

確かに、《圏内》の安全性が疑わしい今、武器を所持せず街中を歩き回るのは危険だ。鍵を開けられるのはフランシスだけなので、家の前で丸腰になれば問題ない。

「フランシスさんの家に行きましょう」


フランシスの家に着くと、椿はギルベルトとアーサーを通りの向こうに待たせてメールを送った。送ってすぐに扉が開き、フランシスが出てくる。フリル付のシャツに男用コルセットをつけ、その上からフード付きのローブを着けている。いつもと違うファッションだと思いつつ、椿は彼が無事に生きていることに安堵した。その安堵を読み取ったのだろう、彼は苦笑しつつウィンドウを開いた。

「連絡の通り、武器は持ってないよ。ほら」

可視モードの装備画面を見せられ、椿は確かに確認した。そして、その装備を見て、何か違和感を感じた。しかし、その違和感が明確なものになる前に、ウィンドウを消される。仕方なく、椿はギルベルトとアーサーを手招きした。双方武器を持っていないことを確認し、そのうえで対談という条件だからだ。四人はすぐさま二階の書斎に入った。

ベランダを背にフランシスが、部屋の扉を背にアーサーが座る。椿はフランシスの傍に、ギルベルトはアーサーの傍に立った。立っている方が、いざというときに反応しやすいからだ。勿論、いざというときが来なければいいとは願っているのだが。

「こうやって話すの、……あの時以来だよな」
「そうだね。それで、俺に会って何を聞きたいのさ」

アーサーは相当緊張しているようだが、フランシスは落ち着き払っている。いや、口調が多少ぶっきらぼうだから、緊張を押し隠しているだけかもしれない。

「……っ、アントーニョが殺されたって、聞いた。あいつが何で殺された?あいつが犯人なのか?」
「犯人って、アーサー。あいつは殺された側だよ?」
「違う!俺が言ってるのは、《WEU》の指輪事件の事だ!」

怒鳴り、アーサーは俯いて両手で顔を覆った。抑えきれない恐怖に、彼はガタガタと震えている。その姿は、《攻略組》きっての名手ではなかった。ただ見えない敵に怯える一人の青年だった。

「……トーニョは、あの子を殺してなんかないよ。指輪の売却に反対したのは、あの指輪を装備したかったからだもの」
「それは俺だってそうだ。俺もリーダーを殺してなんかねぇよ!」

《ひまわり》ほどでないにしろグレーな部分を持つ《UK》は、PKだけは絶対に許さない。
それはリーダーであるアーサーの意向であり、信念でもあるのだ。アーサーは策略家だが、その根は決して腐ってなどいない。PKのような、立証できない殺人は許されるという理屈を認めはしない。そして、彼は欲を制御できないほど愚かでもない。

「どうして、あいつが殺されたんだ?俺も殺されるのか?誰に?シャルルか?」
「落ち着きなよ、アーサー。そう矢継ぎ早に問われても、俺にもわからないよ」

分からないと言い、フランシスは視線を手元に落とした。そして、悲しい微笑みを浮かべ、ぽつりと呟いた。

「もしかしたら、シャルルかもしれないよ」
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