兵器とバクパイプ
今日のギルベルトの服装は、二段ケープのついた黒いローブだ。ケープの二段目は白地に黒の正十字の刺繍が入っており、首には十字を象った銀製のネックレスがかけられている。これで聖書を持っていれば、確かに神父に見えるかもしれない。知れないが、だからってなんで誤解したままメールを送るのか。

「でも、お二人って結構似合ってますよ」
「次そんな冗談言ったら海に沈めますよ」
「すいませんでした」

剣を手に凄みを聞かせる椿に、ヤードは素直に頭を下げた。いっそ潔いが、その後ろでバグパイプを吹き鳴らしているヤードがすごく煩いので台無しだ。椿は顔をしかめ、ヤードから問題のギルドリーダーに向き直った。
羽根つきビロードの三角帽子、白いカッターシャツに黒のベスト、真紅のヴィクトリアンスタイルのコート。首元には上品さの漂う白いジャボとガーネットのブローチ、足元は膝下までのハイヒールのロングブーツを着用している。頭の天辺から爪先まで徹底した海賊だ。彼の背後に停泊している船も、黒いジョリーロジャーをはためかせる海賊船だ。

「これがかの噂の《フライングダッチマン》ですか」
「ああ。これがあれば七つの海だって揺りかごみたいなもん……じゃなくて、なんだよ話って!」
「今回の事件と、半年前のことです。わかりますね?」
「……お前、その話、何処で」

半年前と言った瞬間、アーサーがさっと顔色を変えた。知られてはまずいことを隠してますといわんばかりの反応だ。ギルベルトと椿は視線を交わし頷いた。間違いない。アーサーは半年前の指輪事件で『何か』をした。そして、その『何か』が今回の事件に関わっているとアーサーは知っているのだ。

「別にとって食おうって訳じゃねえんだ。ちょっとツラ貸せよ」
「話をお聞きしたいだけです。ご協力願えませんか」

要求は同じなのに、ギルベルトと椿の態度は全然違う。ギルベルトはラスベガスの警官並に横柄で、椿は迷子カウンターの係員レベルで腰が低い。デコボコなコンビだと思いつつ、アーサーは頷いた。椿はともかく、《KoG》はプレイヤーを害するような真似を許さない。二人に付いていくことに不安要素はない。二人のような腕利きがいれば外出しても大丈夫だろう。

「話するだけだったら、構わねぇが。そこのパブでスコー」
「旨い飯の食える層で話そうぜ」
「いや、そこのパブでスコーンとか、サンドイッ」
「そうですね。エスペランサとかがいいですよね」
「何だよ二人して遮りやがって!何が言いてぇんだよ!」

明らか意図的に発言を遮られ、アーサーはボサボサ眉をつり上げた。ギルベルトと椿はちらりと目配せしあった後、声を揃えて答えた。

「「兵器は食べ物じゃない」」
「スコーンとサンドイッチのどこが兵器なんだよばかぁ!」
「いやだってアレ食いモンじゃねぇだろ。食った瞬間あの世見えたぜ」

この層で出てくる料理は兵器クラスの代物だ。狙って作ってもこんな風にはならない、という出来の料理しかない。材料を挟むだけのサンドイッチでさえ粘土みたいな味になるのだ。

「攻略時は食べ物に困りました。どこの店に入っても食べ物が出てこないので……」

基本的に、フロアのマップは主街区から次層へ続く迷宮区までをプレイヤーが探索しなければ公開されない。しかし、最前線のフロアには強いモンスターがワキワキいる。そのため、マップを完成させるのは、主にボス攻略を終えた《攻略組》が行っている。

そして、美食家で知られるサディクとフランシスは、三十台のフロアのマップ拡大作業には参加しなかった。まともな食事にありつけないからだ。サディクは二日ほど自炊などを試みていたが、げっそりとやつれた顔で離脱していった。ボス攻略戦には来てくれたので、誰も何も言わなかった。フランシスは一回も顔を出さなかった。当然、皆から怒られていた。彼曰く、この界隈は『本能が拒否する』らしい。

「べ、べつに、旨い店だってないわけじゃ……」
「はいはいはい。兵器工場じゃ話なんてできませんし、二十層に行きましょう」
「エスペランサ行こうぜ、あそこのデザート旨いし」

もごもごと何か呟くアーサーの肩を押して、椿たちは踵を返した。三人の姿が転移門に消えると、バクパイプの音が止む。それを吹いていたヤードが立ち上がり、目深に被っていた帽子を脱ぐ。ゴールデンブロンドがさっと広がり、七三に振り分けた前髪の分け目からアホ毛が跳ね上がった。

「ふー、やっといなくなった」

帽子の下から現れたのは、無邪気に輝く青い瞳。まだ年若い青年で、上背があり、体格もHAOの中では良い部類に入る。青年はパパッと装備ウィンドウを操作し、スコッツガーズ連隊パイプ隊のコートとスカートと靴を装備から外した。すると、その下に着ていたワイシャツと薄茶色のパンツだけになった。
その上にパンツと同色のジャケット、毛皮襟のついたこげ茶色のジャンパーを羽織る。足元はこげ茶色の半長靴、ネクタイもこげ茶色で、全体的に茶色を基調とするコーディネートだ。

「おっと、これがないと落ち着かないよ」

青年はアイテムストレージから眼鏡を取り出し装着した。その姿には、先ほどまでのヤードとは全く違う存在感が漂う。それもそのはず、青年はつい最近《UK》を脱退しソロになった《攻略組》メンバーだ。名前はアルフレッド・J・ジョーンズ、名うての槍使いだ。
ヒーローを自称しているが、行動がフリーダム過ぎて逆に迷惑になることも多々ある微妙なヒーローだ。また、楽天的で考えなしな発言と行動を繰り返し、《KoG》や《UK》との言い争いが絶えない。猪突猛進な嵐のような振舞いと彼の出身国から《メリカ》と呼ばれている。ただし、本人はヒーローと呼ばないと返事しない。

「全く、ヒーローにはこんな地味な仕事似合わないんだぞ」
「おや、何か仕事だったんですか、アルフレッドさん」

危うく椿の刀の錆になるところだったヤードは、不思議そうに首を傾げた。

「ちょっと人助けをね。ヒーローの仕事は困っている人を助けること。そうだろ?」
「そうですね。あ、コーヒー飲みます?」
「いや、これからすぐに行かなきゃならないところがあるから遠慮するんだぞ」

アルフレッドはメッセージウィンドウを開き、手早くメールを打って送信した。それから、ヤードに手を振って転移門へ飛び込んだ。

「さて、次に客が来るのはいつなんでしょう……」

一人残されたヤードは、独り寂しくコーヒーをすすった。
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