その指輪と違う
なんと空しい味だろうか。豚かなんかの骨でとった出汁はちゃんとあるのに、ラーメンらしい味がしない。ずるずるーっと麺をすすって、椿は気付いた。醤油味がしないから、ラーメンぽくないのだ。気付くと無性にその味が恋しくなって、椿は決意を固めた。
この事件の捜査が終わったら、何が何でも絶対に、醤油を作ってみせる。俄然やる気を燃やし始めた椿に、ギルベルトは怪訝な顔で身を引いた。


三人は虚しい食事を終えて、鉢をテーブルの隅に寄せた。普通なら皿が空いた時点でNPCが下げにきてくれるのだが、この店ではそんなサービスは期待できそうにない。

「それで、ハッティさんの意見はどうですか?」

ハッティはこの世界やルールに関すること全般に詳しい。その彼がもたらす決定は、恐らく従う価値があるものだ。彼の一言で今後の行動が変わると思うと、椿もギルベルトもおのずと姿勢を正しくする。

「……これはラーメンではない」
「……はあ、まあ、そうですね」

そっちの意見じゃねぇよ。そう突っ込みかけて、椿はなんとか八つ橋に包んでごまかした。

「だが、これの商品名はラーメンだ」
「そうですね」
「つまり、われわれが得られる情報で一番正確なのは、われわれが感じたものだけだということだ」
「……?」

それだけ言うと、ハッティは席を立って出て行ってしまった。暖簾をくぐる間際、「なんでこんな店が……」とか言っていた。悲しいかな、彼の背中はとても小さく見えた。

「これからどうします?」
「そうだな……とりあえず、醤油飲みてぇ」
「食事の話じゃなくて」
「聞きに行くしかねぇだろ。情報が足りなくて手段がわからないんじゃ、現状できることったらそれしかねぇ」
「聞きに行くって、誰に」

椿の問いに、ギルベルトはにっと笑った。

「そりゃ、お前にカツアゲかますくらい余裕のねぇ海賊にだよ」


ギルド《UK》のホームは、第三十八層にある。三十八層はその面積の大半が海である。陸は『アイルランド島』、『ブリテン諸島』及び海上要塞『シーランド』の三ヶ所だけだ。三十八層の主街区『パンジャンドラム』は『アイルランド島』に位置し、落ち着きと風格を感じさせる街並みだ。
行き交うNPCは皆、ヴィクトリアンスタイルの紳士と淑女。飲食店のNPCは執事とメイドで、本格メイド喫茶みたいな感じだ。ただ、調理場は工場、調理過程は兵器産業、料理は最終兵器である。つまり、命の危機を感じるくらい不味い。何をどう間違えたらこんなシロモノがと思うほど不味い。

次層に続く迷宮区がある会場要塞『シーランド』までの途中に、『ブリテン諸島』がある。そこは主街区と真逆、ならず者の溜まり場のような街だ。NPCは大航海時代の海賊と娼婦、街並みはイーストエンド風のスラム、店はパブしかない。雨が多く、スモッグが立ち込めていて、全体的にジメジメしている。

その『ブリテン諸島』の中央に、ギルド《UK》のホーム『ウェストミンスター宮殿』がある。ギルド《UK》に行くには、主街区から航海しなければならない。しかし、この海は非常に波が荒く、船旅はよほどの用事がない限り行きたいと思えない苦行である。ただし、《UK》は城の付属船《フライング・ダッチマン》でモンスターに襲われることなく移動できる。自然、ギルメン以外の足は遠退き、三十八層にいるのは《UK》だけとなる。他のギルドと馴れ合う気などない超利己主義集団にはなかなか似合いのホームだ。

フロア攻略時、椿は荒れ狂う海流に泣かされ、転移結晶を無駄に使うことになった。お陰で、あまりいい印象がない。夏にあったイベント『ジャックザリッパーを捕まえろ』がかなりホラーでトラウマになったとかそんなことはない、決して。

「船を借りてきましょうか、ギルベルトさん」
「んや、いい」
「泳いで行くんですか?」
「アホ。んな訳ねぇだろ」

椿の頭にチョップを入れ、ギルベルトは一つの建物を指差した。

「スコットランドヤード、ですか?」
「おう。ここ、《UK》メンバーの駐在所なんだぜ」

海賊がヤードに駐在って何の冗談だ。門前には警官の恰好をしたNPCみたいな男がいて、威圧感をバリバリに漂わせている。

「よう!ちょっとカークランドの野郎に話があんだけど、あいつ居るか?」
「こんにちは。リーダーならホームにいるんで連絡しますね」
「えええええええ」

それまでキリッとしていた警官が、一瞬でフレンドリーな雰囲気を醸し出す。あまりのギャップに間抜けな声が出てしまい、椿は羞恥に頬を染めた。《UK》は《KoG》に対抗意識を持っている筈なのに、今の対応は完璧に只の友人だ。解せぬと思いつつ見ていると、もう一人の警官がバグパイプを吹き始めた。何がしたいんだ。

「あれ?昨日流れ星にぶつかって頭が痛いから外に出ないとか言ってます」
「おいおい、何のジョークだよ」

HAOには病気や怪我はなく、頭痛なんかになる筈がない。つまり、これは面会拒否だ。警官ギルメンも戸惑っているらしく、目線でどうしようと訊ねられる。

「じゃあ、指輪のことで話があると言ってください」

椿が言うと、警官ギルメンはぽかんと間抜けな顔になった。しかし、すぐさま我に帰ると、なぜか真っ赤になった。

「わ、わかりました」

素早くメッセージを打ち込み、送信した。それから五分後、凄まじい勢いで港に横付けした船から大声が上がった。

「オイ《閃光》!婚約指輪ってどういうことだコラァァ!」

船の縁から真っ赤な顔で怒鳴るアーサーに、椿はぽかんとした。

「……いえ、むしろこっちがどういうことなんですが」
「あれ、婚約指輪の相談じゃないんですか?」
「違います」
「お前何て書いて送ったんだよ」

ギルベルトの問いを受けて、警官ギルメンはメール画面を見せた。

「「……」」

――
《閃光》が神父を連れて、婚約指輪のことで相談がある、と来ております。
――

「……なあ、神父って俺?」
「違うんですか?」
「違うにきまってるでしょう!」

あっけらかんと答える警官に、椿はうっかり刀を抜きかけた。
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