予想通りの味でした
閑古鳥の鳴く店内を見渡し、椿は顔を引きつらせてハッティを見た。

「あの……本当に、入るんですか」

路地を吹き抜ける風音が耳に付くくらい、三十八層は閑散としていた。それは事件のせいでどこも変わらないので、椿が躊躇った理由はそこではない。高架下にありそうな煤けた外観に、昭和時代を思わせる古ぼけた店内。清潔感皆無な内装から見て、絶対にハズレな店だと直感が告げている。

「良いんじゃないか。こう、東京の某有名な電気街に似ていて」

あのごみごみした空間に慣れ親しんだ風情のある言葉に、椿は顔を引きつらせた。

「結構庶民的なんですね、ハッティさん……」

奇跡よ起これ。意気揚々とボロい暖簾をくぐる《KoG》トップツーの後を、椿は項垂れながらくぐった。


席に腰掛けると、店の奥から気だるげな動きでNPCが出てくる。黄色い染みのついたエプロンをつけ、長い前髪で顔が見えない。どうみても、これは店を間違えた。しかし、HAOの店は席に座った瞬間から料金が発生する。仕方なく、椿たちはこの店の唯一のメニューであるラーメンを三つ頼んだ。
料理が運ばれてくるまでの間に、ギルベルトが今回の事件のあらましを話す。議会に慣れている彼の方が椿より端的に話せるからだ。ハッティは一度も口を挟まなかったが、アントーニョの死の件ではわずかに目を細めるなどの反応を見せた。

「現在確かだと思われる情報は、以上です」
「ふむ……では、椿君。今回の事件――《圏内PK》の手口について、君の意見を聞かせてくれるかね」
「デュエルによる死、システムの抜け道、もしくは特殊なスキルかアイテムですね」

ギルベルトとも話したが、考えられる可能性はこの三つくらいだ。あとは、フィールドのボスモンスターに一撃入れてもらった後にアントーニョを転送した、という馬鹿げた発想くらいしかない。

「三つめは違うな」
「私もそう思います」

嫌にハッキリと否定するハッティに、椿も賛同した。それが予想外だったらしく、ハッティが目を瞬かせる。

「なぜ、そう思うのかね」
「え、えっと……このゲームはとても公正です。働く者のレベルは無情なまでに上昇し、働かない者のレベルはいつまでも低い」

ゲームの中には、放っておいても時間の経過でレベルが上がるものもある。しかし、生死を賭けたゲームでありながら、HAOのシステムにはその手の甘さは微塵もない。ファンタジックな世界なのに、その性質は残酷なまでに現実的だ。そして、現実ではありえないほどに公正を貫こうとしている。

「貴方の《ユニークスキル》だけが、アンフェアですけどね」
「ふふ、よく言うね」

嫌味も込めて言うと、ハッティはふっと微笑みを浮かべた。その微笑みにギクッとしつつも、椿も同じ腹の黒い笑みを浮かべる。謎の笑みを交わしあう椿たちに、ギルベルトは何とも言えない奇妙な顔になった。しかし、にやにや笑いあっていても話が進まない。氷水をおかわりして(自分で水差しを持ってこないとできない)、ギルベルトは話を切り替えるべく咳ばらいをした。

「ともかく、まずは一つ目。デュエルによる死から話しましょう」
「その前に敬語やめてください、気持ち悪いです」
「ならお前もやめろ」
「善処します」
「なら俺もゼンショシマス」
「両者が十メートル以内にいた場合は二人の中間。十メートル以上のときは二人の近くに二つ、ウィナーメッセージが出る」

ハッティの言葉に、ギルベルトと椿は言い合いをやめた。そのルールなら、あの時アントーニョの周辺五メートル以内には必ずウィナーメッセージがあったことになる。しかし、観光客ひしめく広場で、それを見た者は一人もいなかった。椿も敏捷値最大で周囲をぐるりと見て回ったし、室内にはなかったとギルベルトが証明している。そもそも、相手がぎりぎり十メートル以内にいたとすると、宿のなかでギルベルトとかち合っているはずだ。

「デュエルではないようですね」
「……ああ」
「落ち込まないでください。ますます残念会みたいになるじゃないですか」

どよんと落ち込むギルベルトに、椿は顔をしかめた。競馬ですっからかんになった中年が近くの居酒屋で残念会を始めたような雰囲気だ。絶対、店の選択を間違えた。

「料理来ませんね……」
「それだけ手をかけてるなら旨いんじゃね?」
「ここはデジタルの世界ですから、耐久値が減るだけですよ」

ギルベルトの希望的観測を一蹴し、椿は残る一つの案に思考を切り替えた。システムの抜け道――やはり、犯罪防止コードが出ない殺し方があるということだ。

「そもそも、ただの公開処刑ならば別にあんなやり方じゃなくてもいいんじゃないかと思うぜ」
「というと?」
「このHAOは、友人かギルメンでなきゃ相手の素性も名前もわかんねぇ。なら、服装をまるっと変えて、顔を覆面か何かで隠せばいい」

正体を隠して路上で急襲した方が、こんな手間取るやり方よりずっと楽だ。訳も分からずHPを削られていく姿を間近で見せつけれるぶん、恐怖もより増すだろう。

「このやり方には、《貫通継続ダメージ》が必要だったんじゃねぇか?」
「ですが、《貫通継続ダメージ》は圏外から圏内に入れば停止しましたよね」
「歩いて入ったら、だ。転移結晶で入った場合や、地上と空中でも違うかもしれねぇだろ」

ギルベルトに言われて、椿はふと疑問を覚えた。《圏内》の安全はどこまで守られているのだろう。地上から五十メートル上の中空にいても、必ず《貫通継続ダメージ》は止まるのだろうか。守られているのが地に足のついている人だけなら、アントーニョはそれから外れる。

「《安全圏》は街区から上空――次層の床下部までの円筒状の空間だ。例え地上から百メートル離れていても、落下ダメージによってHPが減ることはない」
「となると、やはりシステムの抜け穴を使ったんでしょうか」
「可能性としては武器だが、あれしか使ってないみたいだったしな……」

武器のショートスピアはサディクの鑑定で、そんな機能がついていないとわかっている。

「じゃあ、ものすんげー一撃を食らって、HPがゼロになるまでのタイムラグを使ったってのはどうだ?」
「そんな無茶な。アントーニョさんはあの時、相当な鎧を着ていましたよ?」

あの時、アントーニョは赤いマントにごつい鎧、その下には鎖帷子まで着ていた。ごてごてと着こんでいた分を考えると、防御力はかなり高いはずだ。彼は腕力値をかなり上げていたが、俊敏値はその分かなり低かった。ごてごてと着るとただでさえ動きがとろいのに余計とろくなる。一体何を考えて彼があんな恰好をしていたのか。そこはギルベルトも疑問に思ったらしく、なにやら思案している。

「アントーニョ君はかなりレベルの高いプレイヤーだ。彼が防御重視の服装をしていたならば、レベル百以上でなければ一撃ではまず無理だろう」
「ひゃ、百?!」

ハッティの推測に、椿とギルベルトはぎょっと目を剥いた。無茶なレベルアップをしてきた椿ですら、まだ八十台に入ったばかりなのだ。例えレッドの頭であっても、そんな数値にはなっていないだろう。もしなっていたら理不尽すぎて剣をへし折りたくなる。

「だとすると――」
「おまちぃ……」

ギルベルトが何かを言いかけた瞬間、NPCがのそりとテーブルの脇に現れた。出現の仕方、声のトーン、何をとっても亡霊が出てきたような感じだ。危うく椅子から落ちかけたギルベルトを、椿が手を引いて助けてやる。
NPCが持ってきたのは、よく見るラーメン鉢に入った料理だ。薄いスープの中には縮れた麺が入っている。だが、煮卵もチャーシューもメンマもネギも入っていない。割り箸をとって一口食べて、椿はがくっと肩を落とした。僅かでも期待した自分がばかだった。
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