最強の男
狙われる可能性があると分かった以上、フランシスを外出させるのは危険だ。個人の家屋なら、家主が許さない限り何人たりとも入ることはできない。籠城こそがシステム上、一番の安全策だ。椿達は道中買い集めた食料品をフランシスに持たせ、家から出ないよう言い渡した。

「フランシスさん。私達が来るまで、決して外に出ないでください」
「うん。心配してくれてありがとう、椿ちゃん」

にっこりと笑うフランシスに、椿は渋面を作った。彼の笑顔は嘘をついている。必要とあらば外に出る気だ。椿はアイテムウィンドウを開き、チューリップの花束を実体化させた。ランに貰ったもので、耐久値もまだまだある。椿はそれをフランシスの胸に押し付けた。

「椿ちゃん?」
「ラン兄さんから貰ったものですから、大切に観賞してください。少しは暇潰しになるでしょうから」

早口にまくし立てるや、椿はコートを翻してすたすたと歩いていく。ギルベルトとフランシスはその背を茫然と見、間抜け面を付き合わせた。

「……」
「……」
「「……ぶふっ」」

ややあって、二人は同時に吹き出した。



ギルベルトと椿はゲートへ向かいつつ、今後の予定について考えた。

「一、中層でシャルル・ヴァロワを探す。二、《WEU》の他のメンバーに話を聞く。三、アントーニョさんの死亡理由を再度検証」
「一はまず却下。時間がかかりすぎるし、手間だ」
「そうですね。彼が犯人なら、積極的に姿を隠しているでしょうし」

聞いて回ったら、ギルベルトと椿も《圏内PK》の対象にされるかもしれない。やはり命は惜しいので、手段が無くなるまでは自分達が捜査していることを触れまわるつもりはない。

「二もダメだな。指輪事件の関係者じゃない以上、俺達には情報の真偽を判断できねぇ」

ギルベルトの論理は正しく、椿も頷かざるを得ない。流石、最強ギルドの服リーダーを務めるだけあって頭も切れる。

「とすると、三番か。システムに詳しいやつが欲しいな」
「でも、信頼できる人でなければ、お話なんてできませんよね」
「その上、それなりに強くて協力的な奴、か……」

それなりに強い、の段階でまず二人は《攻略組》の面々を思い浮かべた。サディクとランは商売に関しては一流だが、ゲームのシステム面には疎い。《軍》は今ピリピリしていて近寄りたくないし、《ひまわり》は信頼し難い上に見返りが怖い。《カルマル》は二人ともそう親しいわけではないので、連絡をとるには誰かを中継しなければいけない。

「……あ。あの人がいるじゃないですか」
「おっ、誰か思い当たる奴いんのか?」
「はい」

にっこりとほほ笑んで、椿は言った。

「ハッティ・ボアズキョイさんです」

ハッティ・ボアズキョイ。その名を聞いた瞬間、ビシッと音を立てて、ギルベルトの顔が凍り付いた。ハッティはこのアインクラッドで最強の剣士と言われている剣士だ。彼はこのHAO内最強の攻撃力と防御力を誇る反則的なユニークスキルを持っており、そのHPはいまだ半分以下になったことがない。
その強さゆえに、彼は《攻略組》による各層ボスモンスター攻略戦において、その時のみ組まれる大々的なパーティーのリーダーを務めている。普段は羊飼いのようなリーダーだが、彼の号令がかかれば水と油の《攻略組》がきれいに纏まる。そして、圧倒的かつ理想的なリーダーは、最強ギルド《KoG》のリーダーでもある。簡単に言えば、ハッティはギルベルトの上司なのである。それも、唯一の。


渋るギルベルトにメッセージを送らせて十分後、ハッティは転移ゲートの前に姿を現した。ロングのシルバーブロンドに精悍な面差し、どこか線が細く見える体躯。濃紺の団服の上にマントを羽織り歩く姿は、剣士というよりも魔導士のようだ。ハッティの姿を見た瞬間、椿の隣でギルベルトがビシッと音がしそうな敬礼した。

「お呼びたてして申し訳ありません、リーダー!」
「いや、ちょうど昼時だったからな。かの《閃光》に奢ってもらえるなんて光栄だよ」

何がどう光栄なのかわからず、椿は愛想笑いを浮かべた。ハッティのことは嫌いではない。リーダー格のなかでは尊敬できる部類だと思うし、《軍》や《UK》よりは仲良くさせてもらっている。しかし、この男の、人の秘密も見透かしてしまいそうな瞳がどうにも好きになれない。椿はたくさんの秘密を抱えて生きている。それらを見透かされそうで、どうにも快く向き合うことができないのだ。

「それじゃあ、どこかのお店に入りましょうか。どこがいいですか?」
「それなら、先ほど行きがけでもらったチラシにこんなのが書いてあったんだが」

ハッティがおもむろに懐から取り出したのは、HAO板食べログ『ベジマイト』だ。主にゴシップ紙を作っている中層の小さなギルドが発行しており、街頭などで無料配布されている。まだマシなNPC飲食店や美味しいPC飲食店の情報が載っており、一部のPC飲食店ではそれを持っていくと割引してもらえる。
しかし所詮はメディア、たまにとんでもないハズレが紛れ込んでいる。鵜呑みにすると、とんでもなく高い上にとんでもなく不味い代物を食べる羽目になる。

「この東京風ラーメン屋に行ってみたいと思うんだが、どうだろうか」
「良いと思います。な、椿?」
「なんで敬語なんですか。私は構いませんよ」

ハッティが示したのは、三十八層の主街区にあるNPCラーメン屋だった。此処からならそう遠くないし、正直ラーメンには大いに興味がわいた。HAOのNPC飲食店で出てくる料理に、なぜか典型的な日本料理がない。ナポリタンやカレーライスはあるが、肉じゃがや味噌汁がないのだ。醤油や味噌を使った料理はこの一年お目にかかったことがないので、多分この東京風ラーメン屋が初めてだ。

「それでは、行くとしよう」
「「はい!」」

別にボスモンスターのいる迷宮に行くわけでもないのに、椿とギルベルトは反射的にきりっと背筋を伸ばした。悲しいかな、三人は失念していた。三十番台のフロアが別名『メシマズゾーン』と呼ばれていることを。
prev Index next
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -