消えたギルド
転移門のところでフランシスと合流した椿達は、手近なレストランに入った。《軍》の影響と昼食には早い時間だったために、店内はがらんとしている。三人は一番奥の、店内を見渡せる位置にあるテーブルについた。
盗み聞きされたくない話をする時、普通ならば家や宿屋の部屋に行く。しかし、HAOでは必ずしもそれが最適とは言えない。《聞き耳スキル》のレベルが高い人は、扉越しに会話を盗み聞きできるからだ。

誰でも入ってこれる店の、道から離れた席の方が内緒話には適している。甘いものを食べながらする話ではないので、三人はNPCにお茶だけを注文した。すぐさま運ばれてきたお茶を一口含んでから、椿は話を切り出した。

「《生命の碑》を見てきました。アントーニョさんは、確かに死んでいるようでした」
「そう、か……うん、ありがとう」

一晩の間に、覚悟していたのだろう。肩を震わせたものの、フランシスが目に見えて取り乱すことはなかった。

「フランシスさん。アントーニョさんと《UK》のアーサーさん、それから……鍛冶屋のシャルル・ヴァロワの関係で、知っていることはありませんか」
「……知ってるよ。昔ね、俺もだけど、同じギルドに入ってたから」

ギルドという言葉に、椿とギルベルトはさっと視線を交わした。予測が事実に近付いてくる。やはり、過去にそのギルドで起こった何かが原因で、今回の事件に至ったらしい。

「お前とアントーニョがコンビ組んでたのは知ってるけどよ、ギルドに入ってたか?」
「ギルが知らないのも無理はないよ。あのとき、《KoG》は『ホーエンツォレルン城』攻略戦にかかりきりだったんだし」

『ホーエンツォレルン城』攻略戦というのは、四ヶ月前、四十層主街区にて行われた城塞攻略クエストのことである。城塞攻略クエストとは、城をギルドホームにと望み、一番に名乗りを上げたギルドだけが挑むことが出来る特殊クエストだ。達成条件はボスモンスターの討伐と、城主の証である《紋章》の入手だ。これらを達成するまでの凡そ十日間、挑戦中のギルドは外部と一切連絡が取れない状態に置かれる。だから、当時『ホーエンツォレルン城』にいたギルベルトは何も知らなかったのだ。

「ギルド名は《西欧同盟》――《WEU》で、七人程度の小さなギルドだった」


ゲームリスタート時、アントーニョとフランシスはコンビを組んで上層を目指していた。しかし、二人のコンビはフロアが上がるにつれて行き詰った。ストライキ大好きと、シエスタ大好き能天気だ。真面目にレベルを上げていなかったツケは戦闘の折に顕著に出た。二人が《WEU》に誘われたのは、少数での攻略に限界を感じていた時だった。

《WEU》は攻略組を目指して頑張る中層プレイヤーのギルドだった。メタボ気味の青年、哲学好きな青年、くるんが左右対称の兄弟、そしてアーサー。ギルメンは個性的なプレイヤーばかりだったが、雰囲気はまあまあよかった。ギルドリーダーは数少ない女性プレイヤーで、名前はジャンヌといった。彼女は優しく美しく、なにより勇気ある素晴らしい剣士だった。ゲーム攻略を志して自ら旗を掲げ、上を目指して頑張っていた。

彼女はフランシス達に、力になってほしいと願った。戦闘に遊び疲れていた二人にとって、その勧誘は願ってもない僥倖だった。二人は喜び、二つ返事で《WEU》に加入した。そして、二人が仲間入りして三日後、《WEU》は珍しいモンスターに出会った。すばしっこい真っ黒なトカゲで、一目で他のモンスターとは違うことがわかった。

メンバーはなりふり構わず武器を振り回し、誰かの剣がたまたまそれにヒットした。ドロップしたのは、別に綺麗でもなんでもない指輪が一つ。しかし、鑑定してもらった結果、敏捷値が20もアップするレアアイテムだとわかった。売却するか、誰かが使うか。レアアイテムを巡って《WEU》内は揉めに揉め、仕方なく多数決をとることになった。
結果は売却派が六人、売却反対派は三人と分かれ、指輪は売却されることになった。そして、どうせ売るなら、最前線の《攻略組》に高く買ってもらおうという話になり、リーダーが一人で売却に行った。

翌日、彼女は帰らなかった。良い商人を探すのに苦労しているのだろうと思って、誰も気にしなかった。しかし、一日また一日と過ぎていくにつれ、メンバーはだんだんと不安になった。リーダーが指輪を持って姿をくらますとは思えない。しかし、待てど暮らせど彼女は帰ってこない。不安に駆られた数名のメンバーが、『生命の碑』を見に行った。リーダーの名前には、横線が刻まれていた。時間は売却に行ったその日の真夜中、死因は《貫通継続ダメージ》だった。

それまでは固い絆で結ばれていた仲良しギルドが、アイテム一つで崩壊する。酷い話だ。酷い話だが、残念ながらよく聞く話でもある。

「最前線の宿屋は高いから、鍵の掛からない公共施設で寝る人も多かった頃ですね」
「ああ。十中八九、《睡眠PK》だろうな」

《睡眠PK》は半年前から使われ始めたPK方法で、睡眠時の意識のないプレイヤーを荷車か何かで運び、《圏外》で殺すというやり口だ。今でこそ誰もが宿屋を使うが、当時は金の掛からない公共施設で寝泊まりするプレイヤーの方が多かった。何十人もこの方法で屠られた後、手法が露見してからは誰も宿代をケチらなくなった。

「それで、ギルドは……」
「解散したよ。犯人は誰だって話になってね。あの子がレアアイテムを持ってたことは、ギルドメンバーしか知らないからさ」

フランシスとアントーニョも、解散と同時に別々の道を歩き出した。フランシスは《仕立てスキル》をサブスキルに加え、お針子のギルドに入った。アントーニョは《菜園スキル》を選び、農家のギルドに入った。たまに食事をすることはあっても、パーティーを組むことはない。それほどに、その事件はメンバーの心に深い爪跡を残していた。
優しきリーダー、勇敢なリーダー。彼女を失った痛みは、フランシスたちの口を閉ざした。同じゲーム世界に生きているからこそ、ギルベルトにも話せなかった。

「……じゃあ、その反対派の三人について教えてくれ」
「アントーニョ、アーサー、それから俺だよ。三人とも、自分が使いたくてね」

アントーニョは筋力に特化しているため、少しでも敏捷値がほしかった。アーサーは当時使い始めたユニークスキルを少しでも使いやすくするため。フランシスは、敏捷値に特化していたためよりそれを極めようと思ったのだ。

「シャルルは、《WEU》のサブリーダーだった人だよ。リーダーの旦那で、二人はすごく仲が良かった」
「じゃあ、リーダーが亡くなられた後は……」
「人が変わったみたいになって、……ギルド解散後は、ぱったり姿を消してしまった」

アントーニョを殺した槍の作り手は、シャルル・ヴァロワ。彼の妻は四ヶ月前に何者かに殺され、その犯人はわからないまま。なんと分かりやすい構図だろう。

「こんなこと訊くたくないんだが……アントーニョを殺した犯人がシャルル・ヴァロワって可能性はあるか?」

つまり、四ヶ月前の指輪事件はアントーニョによるもので、彼はその復讐として殺されたのかと聞いているのだ。

「……わからない。俺とアントーニョは指輪を欲しがったけど、あの子を殺してまで奪おうとは思わなかったし、本当に何もしてない」

何もしてなくても、それを証明するすべは何もない。だからこそ疑心暗鬼になって、ギルドは崩壊したのだ。

「彼が指輪に執着していた反対派に犯人がいると思ったなら、……たぶん、俺とアーサーも殺しにくるだろうね……」
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